目指すべき愛し方は「上善水如」

50代を過ぎたら知っておくべき6つの恋愛作法

50代を過ぎた恋愛は、若い世代の恋愛と違って、落ち着いた円熟したものであるべきだ。どれだけ、落ち着いて恋愛できるかが、50代を過ぎた恋愛の基本といっていい。恋愛の目的の一つは、お互いに相手を成長させることだ。付き合うことによって、恋愛の相手を人間として成長させていく。こうしたことが、恋愛の本質的な目的になるものだ(内田游雲)

50代を過ぎた恋愛は、若い世代と違って、落ち着いた円熟したものであるべきだ。どれだけ、落ち着いて恋愛できるかが、50代を過ぎた恋愛の基本といっていい。

そこで、こうした50代の恋愛をより豊かにするために、以下の6つの恋愛作法を推奨する。

性的衝動に身を任せない

まず最初に明確にしておくことは、50代を過ぎてからの恋愛の目的はSEXではないということだ。

40代までの恋愛は、ありていに言えば生殖活動つまりSEXが目的だ。愛とか恋とか言葉で飾っていても、その根本はSEXへの衝動であることは間違いがない。しかし、50代を過ぎた大人の恋愛にとってSEXは、あくまでも一つの結果であって目的ではなくなるのである。

ここを勘違いして、目的としてSEXを求めるから、みっともない恋愛になってしまうのである。50を過ぎた男性がガツガツしているのは、はた目から見ても見苦しい。

さらには、これは余計なリスクを避けるという意味もある。

特に男性が50代をすぎる頃になると、たいていはそれなりの地位や名声を得ているものだ。その為、50代の恋愛には、どうしてもリスクが伴うことになる。別れ話のもつれや、自らがストーカ-化してしまうことなどがその一例だ。

しかしSEXを目的としないことで、このリスクを回避しやすくなるのである。

相手の全てを受け入れる

2つ目の作法は、相手の全てを受け入れることだ。

これは、相手の歴史、つまり育ってきた環境、歩んできた人生、考え方、そういった全てのことを受け入れるという意味だ。

もしかしたら女性側は風俗で働いた経験があるかもしれない。
身体に入れ墨があるかもしれない。
リストカットの傷がある場合や帝王切開の跡があるかもしれない。

そうした人生での全てのことを否定せずに愛おしく受け入れていく。受け入れるとは、どういうことかというと、否定しないで理解し共感することだ。

経済力を提供する

50代を過ぎた男性側の最大の魅力は、その経済力にある。

ありていに言ってしまえば、金があるやつはモテるが、金のないやつはモテないということだ。こう言っては身も蓋もないのですが、他の世代より上回る魅力がこれである以上、相手もそれを求めるし、こちら側もそれを提供すればいいだけなのです。

難しく考えることはない。

逆に言えば、経済力が無ければ、50代過ぎの男性は恋愛をしてもうまくいきにくいものになる。50代を過ぎても経済力がないということは、それまでの人生を何も考えずに、ただ漫然と過ごしてきたという証拠でもあるからだ。

50代になると経済力と人間的魅力は、ほぼイコールといっていい状態だ。人間的な魅力のある人間には、そこそこの経済力はあるものである。

こうした経済力を否定することは、人間的な魅力をも否定することになる。それでは、とても恋愛に発展することなどはありえないということを自覚するべきだ。

安心感を提供する

50代過ぎの魅力の一つは、安心感にある。

つまり精神的にも肉体的にも危害を加えないという絶対的ルールの上に恋愛があるということだ。危害を加えないどころか、むしろ、相手を守ることができるかどうかがポイントになるのである。

50代過ぎの持つ経済力、人脈、経験値は、若い相手を守るのに十分なものであるからだ。

女性側にファザコンが多い理由の一つは、子供時代に父親に守ってもらえなかったというトラウマがある場合と、その反対に、父親に全幅の信頼を持つ場合がある。どちらにせよ、50代の男性に対する理想像は、父親像に重なるのである。父親の持つ最大の魅力は、絶対に自分を守ってくれるという安心感にこそあるのだ。

相手の成長を促すようにする

50代過ぎの恋愛の目的の一つは、お互いに相手を成長させることだ。付き合うことによって、恋愛の相手を人間として成長させていく。50代過ぎからの恋愛の醍醐味になる。

映画の「マイフェアレディ」を思いだしてみればいい。あの映画に出てきた、ヒギンズ教授とイライザの関係は、そのまま50代過ぎの男性との恋愛模様なのである。

深追いは絶対にしない

そして、最後の作法が、深追いをしないということだ。別れるかどうかの主導権は女性に渡すべきである。それを深追いするから、みっともないことになる。

「君子の交わりは淡さこと水の如し、
小人の交わりは甘きこと醴の如し」

「荘子」の「山木篇」にある言葉です。

荘子は、「物事をよくわきまえた人の交際は水のようだ」と述べた後に続いて「つまらぬ小人物の交際は、まるで甘酒のように甘く、ベタべタした関係であり、一時的には濃密のように見えても、長続きせず、破綻を招きやすいものだ」こう述べている。

50代を過ぎたら目指すべき恋愛は、

「上善水如」

なのである。

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