自分をよく見せようとして疲れる理由|装った姿が自分を縛る時

思考のクセ

【運を開く言葉】

書:瑞雪 文:游雲

自分をよく見せようとして疲れるのは、装った姿を守るほど、現実の自分とのギャップが広がるからである。見栄や他人の評価に合わせて大きく見せても、中身が追いつかなければ、その姿はやがて自分を縛る。ありのままとは、今の自分を偽らないことだ。

よく見せようとするほど息が詰まる
笑顔の奥で本音が小さくなる

褒められた姿を守り続けて
できない自分を隠したくなる
こうして装った姿が重荷になる

見栄は自分を守る鎧ではない
大きく見せたぶんだけ苦しくなる
中身が育てば無理をしなくていい

ありのままとは飾らないことではない
今の自分を偽らないことだ

無理に格好をつけ、自分以上の姿を演じ続けると、その姿を守るために本音や弱さを隠すようになる。最初は周囲からよく見られるための工夫でも、期待された自分に合わせ続けるうちに、現実の自分との距離は広がっていく。
できないと言えない。知らないと認められない。疲れていても平気な顔をする。そうして外から見える姿だけが大きくなり、中身との落差が本人を苦しめる。
見栄は一度張れば終わりではない。次も同じ自分を見せなければならず、やがて他人の評価より、つくった自分に追われるようになる。
身なりを整えることは、自分を偽ることではない。問題は、評価を得るために実力や気持ちまで装うことである。
ありのままとは、飾らずに何もしないことではない。今の自分を正しく受け止め、外見と中身を同じ方向へ育てることだ。

装った自分を守るほど疲れていく

周囲からよく見られたいと思うのは、決して不自然なことではない。服装を整え、姿勢を正し、言葉を選ぶことで、自分に自信が生まれる場面もある。問題は、今の自分を丁寧に見せることではなく、人によく見られるための自分を演じ続けることである。
自分をよく見せようとして疲れる状態とは、周囲へ見せた姿と現実の自分との間に生まれた差を、隠しながら守り続けている状態である。最初は少し背伸びをしただけでも、相手から褒められ、期待されると、その姿を崩せなくなる。
装った姿は見せた瞬間から守る対象になる。
本当は知らないのに知っているように話す。余裕がないのに平気な顔をする。人に頼りたいのに、何でも一人でできるように振る舞う。持っていない実績を大きく語り、似合わない暮らしまで見せようとする。その場では格好がついても、次に会った時には、さらに同じ自分を演じなければならない。
やがて、できないと言えなくなる。間違いを認めにくくなる。疲れた顔も、迷っている気持ちも隠すようになる。人からの評価を守るためにつくった姿なのに、いつの間にか、大きく見せた自分に本当の自分が追い立てられる。ありのままの自分でいられない苦しさは、周囲の目だけから生まれるのではない。自分でつくった期待に、自分が追いつけなくなるところから深くなる。
だからといって、身なりを気にせず、努力もせず、そのままでいればよいという話ではない。
外見を整えることと自分を偽ることは違う。清潔な服を選び、相手に失礼のない態度を取り、理想の姿へ近づこうとすることは、自分を育てる力になる。苦しさを生むのは、育てる前に完成した人のふりをすることである。
見栄は一度の演出では終わらない。ついた嘘を守るために次の嘘が必要になるように、大きく見せた姿は、さらに大きな演出を求める。その繰り返しは、自信を育てるどころか、今の自分では足りないという感覚を強めてしまう。褒められても素直に喜べないのは、評価されたのが本当の自分ではないと、本人がいちばん分かっているからである。
ありのままは成長を諦める言葉ではない。今の実力、気持ち、できること、できないことをごまかさず、そこから中身を育てていく姿勢である。無理に大きく見せなければ、知らないことを学べる。助けが必要だと言える。失敗しても、つくった人物像が崩れる恐れに追われずに済む。
人間関係でも、立派に見える人より、言葉と態度が一致している人の方が安心を残す。完璧さより、無理のない誠実さが相手との距離を近づける。
外見と中身が同じ方向を向いている人が信頼される。
仕事でも、実力以上の約束や知ったふりは、その場の評価を得ても後の負担になる。できる範囲を明確にし、受けた仕事に中身で応える方が、信用もお金も無理なく続いていく。

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【卦象ミニコラム】
飾りと中身の境目
卦象:山火賁|飾りを中身に沿わせる
変化|見せる力を中身を育てる力へ移す
自分をよく見せようとして疲れる時、問題は飾ることではなく、飾った姿を守り続けることにある。山火賁は、外見や形式を否定せず、それが中身を引き立てる範囲にとどめる卦である。読みの要点は区切りにある。身なりや言葉を整えるところで止め、実力や気持ちまで大きく見せない。飾りが中身を支える間は力になるが、中身を隠し始めれば負担へ変わる。賁が示すのは、見せ方を捨てることではなく、見せ方と実際を離さない判断である。
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よくある疑問
Q. 自分をよく見せようとして疲れる時は、どうすればよいですか?
A. まず、見せている自分と本当の気持ちの差を小さくすることだ。無理に大きく見せるほど、期待を守るために言葉や態度が固くなり、人との関係だけでなく時間や気力まで削られる。分からないことを分からないと言い、できない約束を増やさない。

【開運への手がかり】:見せる姿と実際の自分の距離
周囲に見せている姿が、今の実力や気持ちより先へ進みすぎると、言葉や約束までその姿に合わせるようになる。問題は飾ることではなく、見せ方が中身を隠し、判断の基準を他人の評価へ移している状態にある。外見と中身の距離が見えてくると、力を使う向きも変わってくる。

『人によく見せるためにつくった姿は、守り続けるほど自分を縛る。ありのままとは飾らないことではない。今の自分を偽らず、外見と中身を同じ方向へ育てることである。』

(内田 游雲)

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