自信とは何か? 自信と過信の違いと危険な思い込み

自信を持つことは生きる力となる
しかし自信が過信へ変わるとき
人の声は耳に届かなくなる
その瞬間に危険は見えなくなり
支えてくれる手を振りほどき
気づけば孤独に転んでしまう
過信したままに躓いたなら
その痛みは深く傷を残し
立ち上がる力さえ奪われる
だからこそ人は省み続け
自信を守り過信を退け
歩む道を澄んだ心で進む
自信と過信の境目で人はつまずく
自信を持つことは生きていくうえで欠かせない。
けれど、その自信が過信に変わった瞬間、物事は一気に転がり落ちていく。
坂道を小走りで下りていたら、ちょっとした石ころに足を取られて派手に転ぶようなものだ。
自信は前へ進む力になるが、過信は転んだときに危険を何倍にも膨らませる。
そもそも自信とは主観にすぎない。
自分を信じる気持ちであり、事実の裏づけではない。
ところが、それを
「揺るがない真実」
と錯覚すると、耳に届くべきアドバイスや警告を無視してしまう。
親しい人が
「それ、危ないよ」
と声をかけても、過信に包まれていると聞こえないのだ。
結果として、見えなかった落とし穴にはまり、ダメージは大きくなる。
ここで怖いのは、過信している人ほど
「私は大丈夫」
と思い込んでいることだ。
思い込みが厚い鎧になり、柔軟さを失ってしまう。
自信と謙虚さのバランスが崩れると、人は簡単に躓く。
しかも、転んだ衝撃でプライドまで傷つき、立ち直りが遅れることになる。
だからこそ、自信を持つと同時に
「これは主観にすぎない」
と覚えておくことが大切だ。
自信を事実と取り違えないだけで、危険はぐっと減る。
さらに、日常のなかで小さな失敗を経験しておくといい。
つまずきの痛みを軽く味わっておけば、大きな失敗のときも冷静でいられる。
柔らかく受け止められる心を育てることが、過信を防ぐ一番の薬になる。
結局のところ、自信は必要だが過信は不要だ。
自信は背中を押すが、過信は足を引っ張る。
まるで仲良しに見えて、実は水と油のような関係だ。
日々、自分を省みて
「これは本当に自信? それとも過信?」
と問い直す習慣を持つといい。
正しい自信は自分を守り、過信は自分を危険にさらす。
その違いを理解するだけで、人生の転び方はずいぶん変わる。
「自信は翼となり、過信は鎖となる。」
【運を開く言葉】
書:瑞雪 文:游雲
内田游雲(うちだ ゆううん)
ビジネスコンサルタント、経営思想家、占術家。静岡県静岡市に生まれる。中小企業経営者に向けてのコンサルティングやコーチングを専門に行っている。30年以上の会社経営と占術研究による経験に裏打ちされた実践的指導には定評がある。本サイトの「運の研究-洩天機-」は、運をテーマにしている。他にも、この世界の法則や社会の仕組みを理解しスモールビジネスの経営を考える「気の経営」を運営している。座右の銘は 、「木鶏」「千思万考」。
瑞雪(ずいせつ)
書家。新潟県村上市に生まれる。幼い頃より書に親しみ、18歳で書家を志し、大東文化大学文学部中国文学科で青山杉雨氏に師事。卒業後 ㈱ブリヂストンに就職するも6年後に退職し、独自の創作活動を開始する。人生の法則を力強く書いたその書は、多くの人に生きる力と幸運をもたらすと評判である。雅号の瑞雪は、吉兆をもたらす雪を意味している。