正義感が強すぎる人が人間関係で不幸を招く理由

正義感とは誰かを裁く刃となり
人を傷つけ自らをも縛るもの
裁きは一瞬の快楽に過ぎず
その代償は恨みと怒りを招く
赦すことは静かな強さであり
相手にとっても大きな贈り物
正義は時代と環境に揺らぎ
絶対ではなく移ろう影にすぎぬ
不確かなものに基準を置けば
人の心はやがて離れ去っていく
正義感を振りかざす人の結末
「私は正しい」
この一言ほど、人間関係をぎくしゃくさせるものはない。
自分の中の正義感を大事にするのは悪いことではないが、それが強すぎると他人を裁くようになり、気づけば孤立してしまう。
正義の旗を振り回す姿は勇ましく見えるが、実は自分自身を苦しめている。
世の中の争いごとの多くは
「自分は正しい」
という思い込みから始まる。
しかも、その
「正しさ」
の基準は人それぞれ。時代や環境によっても変わる。
つまり、絶対的な正義など存在しない。
それなのに
「自分が正しい」
と声高に主張すれば、どうしても他人への断罪になってしまう。
すると、周囲はどう感じるか。
「一緒にいると疲れる人」
「融通が利かない人」
と見られるようになる。
こちらは良かれと思って言っているのに、相手にはただの押し付けに映ってしまうのだ。
これでは人が離れていくのも当然だ。
ではどうすればいいのか。
答えはシンプルで、赦す力を身につけることだ。
相手の欠点を責めず、
「まあ、そういう人もいる」
と受け止める。
これができる人は不思議と周囲に信頼され、自然と人が集まってくる。
逆に、細かいことで相手を裁く人は、雰囲気を台無しにして不幸を招きやすい。
赦すことは、相手のためだけではない。
自分の心を軽くし、穏やかに過ごすための方法でもある。
正義感が強すぎると、常に他人をチェックし、自分も縛られてしまう。
これはまるで、心の中に小さな裁判所をつくって、24時間営業しているようなものだ。
そんな生活、考えただけで息苦しい。
もちろん、社会のルールや最低限のマナーは守る必要がある。
しかし、人との関わりで大切なのは
「正しさ」
よりも調和だ。
多少の違いを受け入れることで、空気がやわらぎ、自分も相手も楽になる。
結局のところ、正義を貫くよりも、赦しを選んだほうがずっと得をする。
なぜなら、正義は人を遠ざけ、赦しは人を近づけるからだ。
人間関係の幸せをつくるのは、正義感ではなく寛容さである。
「正義を振りかざす者は孤独を招き、赦す者こそ真の強者となる。」
【運を開く言葉】
書:瑞雪 文:游雲
内田游雲(うちだ ゆううん)
ビジネスコンサルタント、経営思想家、占術家。静岡県静岡市に生まれる。中小企業経営者に向けてのコンサルティングやコーチングを専門に行っている。30年以上の会社経営と占術研究による経験に裏打ちされた実践的指導には定評がある。本サイトの「運の研究-洩天機-」は、運をテーマにしている。他にも、この世界の法則や社会の仕組みを理解しスモールビジネスの経営を考える「気の経営」を運営している。座右の銘は 、「木鶏」「千思万考」。
瑞雪(ずいせつ)
書家。新潟県村上市に生まれる。幼い頃より書に親しみ、18歳で書家を志し、大東文化大学文学部中国文学科で青山杉雨氏に師事。卒業後 ㈱ブリヂストンに就職するも6年後に退職し、独自の創作活動を開始する。人生の法則を力強く書いたその書は、多くの人に生きる力と幸運をもたらすと評判である。雅号の瑞雪は、吉兆をもたらす雪を意味している。