不幸の正体は出来事でなく心の反応が意味づけている

不幸とは
出来事ではなく
それを抱えた心がつくるもの
傷つくのは
誰かの言葉ではなく
その言葉に反応した自分の内側
感情は静かに
けれど確かに
心に居座り続ける
何度も何度も
思い出しては
自分で苦しみを繰り返す
不幸に引きずられるのではない
自らその道をたどっている
不幸の正体とは
自分の心の映し鏡
それに気づいた瞬間
その影はもう
あなたを追ってこない
忘れられない心が不幸を育てる
不幸のはじまりは
「忘れられない心」
がつくっている
「あの人のせいで傷ついた」
「なんであんなことが起きたのか」
誰にだって、思い出したくない場面がひとつやふたつある。
でも、本当の不幸は出来事そのものではない。
それをいつまでも心の中で再生し続ける自分自身の中にある。
一度浮かんだネガティブな感情は、まるで心にこびりついたガムのように、ぴったり貼りついて離れない。
そして、気がつけば何度も何度も、同じ映像を巻き戻しては再生する。
ここが不幸のはじまりだ。
過去のあれこれを何度も思い出しているうちに、心はすっかりそのドラマの主演俳優になってしまう。
そして脚本も演出も、ぜんぶ自分でやってしまうのだ。
観客ゼロなのに、熱演が止まらない。
もちろん、嫌なことがあったときに落ち込むのは自然なこと。
でも、それをずっと握りしめていたら、幸せが入り込む隙がなくなる。
そもそも出来事には
「幸福」
や
「不幸」
なんて、ラベルは貼られていない。
ラベルを貼ってるのは、自分の心だ。
貼るなら
「学び」
か
「ネタ」
にしておいた方が、だいぶ得だ。
たとえば、電車で席を譲ったのににらまれた。
そこで
「私って何やってもダメ」
と思えば不幸だし、
「こういう日もあるね」
と流せば、ただの一コマで済む。
つまり、人生の幸不幸は“起きたこと”ではなく“意味づけ”で決まる。
だから、あの日の出来事に
「もう再生しません」
と言ってみよう。
チャンネルを切り替えるのは、リモコンを握ってるあなただ。
不幸は、過去の記憶に居座り続ける自分の心がつくっている。
でも、それならその心を整えることで、いくらでも幸せに塗り替えていける。
忘れられない記憶があるなら、それはあなたが丁寧に生きてきた証拠。
でもそろそろ、再放送を終わらせてもいい。
次のドラマ、面白くなるのはこれからだ。
【運を開く言葉】
書:瑞雪 文:游雲
内田游雲(うちだ ゆううん)
ビジネスコンサルタント、経営思想家、占術家。静岡県静岡市に生まれる。中小企業経営者に向けてのコンサルティングやコーチングを専門に行っている。30年以上の会社経営と占術研究による経験に裏打ちされた実践的指導には定評がある。本サイトの「運の研究-洩天機-」は、運をテーマにしている。他にも、この世界の法則や社会の仕組みを理解しスモールビジネスの経営を考える「気の経営」を運営している。座右の銘は 、「木鶏」「千思万考」。
瑞雪(ずいせつ)
書家。新潟県村上市に生まれる。幼い頃より書に親しみ、18歳で書家を志し、大東文化大学文学部中国文学科で青山杉雨氏に師事。卒業後 ㈱ブリヂストンに就職するも6年後に退職し、独自の創作活動を開始する。人生の法則を力強く書いたその書は、多くの人に生きる力と幸運をもたらすと評判である。雅号の瑞雪は、吉兆をもたらす雪を意味している。