自分が正しいとの思い込みが怒りを生む
怒りの井戸の底にはいつでも
自分こそ正しいという影が棲む
その影は胸の暗がりで育ち
ひそかな刃となって人を刺す
正しいも誤りも風に揺れる
すすきの穂のような頼りなさだ
それなのに人はみずからの価値を
石より固いものと思いこんでいる
その固さが息を曇らせながら
しずかな怒りを街へ放ってゆく
この言葉が伝えているのは、怒りや苦しさの多くは、出来事そのものよりも「自分が正しい」という握りしめた思いから生まれるということだ。
人は自分の考えを正しいと思った瞬間に、相手を間違っている側へ置きやすくなる。すると、理解しようとする心より、裁こうとする気持ちが前に出る。
そこで関係は詰まり、心の中の空気まで重くなる。つまりこの言葉は、相手を変える前に、自分の正しさへの執着をゆるめよと言っている。
正しさを手放すとは、自分を捨てることではない。見方を一つに決めつけず、他の景色があると認めることだ。
その余白が生まれたとき、怒りは静まり、人との関係も自分の心も、少しずつ巡り直していく。
正しさの思い込みが経営を滞らせる
経営の場で怒りが増えると、まず空気が濁る。会議で言葉が刺さりやすくなり、部下は本音を引っ込め、取引先とのやり取りにも妙な緊張が残る。
表面では仕事が進んでいるように見えても、内側では判断の質が少しずつ落ちていく。とくに責任を背負う立場ほど、「自分が正しい」と思う気持ちが強くなりやすい。
背負うものが多いぶん、譲ることが負けに見えるからだ。だが、そこで正しさを握りしめるほど、人間関係の巡りは細くなる。
気まずさは数字に出る前に、声の温度や返事の遅さとなって現れる。経営は不思議なもので、帳簿より先に場の気配が崩れる。ずいぶん正直な世界である。
ここで大事なのは、正しさとは自分の価値観を唯一の物差しにしてしまう状態だということだ。その物差しが強すぎると、人を見る目が固くなる。
すると相手の事情や時代の変化が見えにくくなり、「なぜ分からないのか」「なぜ動かないのか」と責める気持ちが生まれる。けれど、経営は一人の正解で回るものではない。
人、タイミング、資金、体調、空気感。そのどれもが揃ってはじめて流れが生まれる。氣の経営で大切なのは、正しさを振りかざすことではなく、流れを読む感覚を取り戻すことにある。
正しさに執着すると、経営者自身の気も詰まる。肩に力が入り、言葉がきつくなり、決断が「守り」ばかりになる。すると組織もまた縮こまり、提案が減り、紹介も減り、売上以前に勢いがしぼむ。
反対に、自分の見方を少し緩めると、場はすっと呼吸し始める。相手の意見をそのまま採用する必要はない。ただ、別の景色があると認めるだけでいい。
その余白が、経営者の器を広げる。器が広がると、人も情報も自然に入りやすくなる。
経営で本当に強い人は、いつも勝つ人ではない。怒りを増やさず、流れを止めず、必要なときに静かに修正できる人だ。
正しさを捨てるとは、自分を弱くすることではない。むしろ、気を巡らせ、場を生かし、長く続く仕事へ整え直すことだ。
そこから先に、穏やかで強い経営が育っていく。
【場の空気を整える10分】
今日の仕事が終わる前に10分だけ取り、最近いら立った相手を1人思い浮かべて、「自分は何を正しいと決めつけていたか」を手帳に1つ書く。そのあと、「相手には相手の事情がある」と一行だけ添える。これだけで、経営判断と人間関係の詰まりが少しほどける。
正しさを握りしめる手を少しゆるめたとき、人はようやく相手を見て、自分を見て、止まっていた運の流れをもう一度動かすことができる。
【運を開く言葉】
書:瑞雪 文:游雲
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内田游雲(うちだ ゆううん)
ビジネスコンサルタント、経営思想家、占術家。静岡県静岡市に生まれる。中小企業経営者に向けてのコンサルティングやコーチングを専門に行っている。30年以上の会社経営と占術研究による経験に裏打ちされた実践的指導には定評がある。本サイトの「運の研究-洩天機-」は、氣と運をテーマにしている。座右の銘は 、「木鶏」「千思万考」。
瑞雪(ずいせつ)
書家。新潟県村上市に生まれる。幼い頃より書に親しみ、18歳で書家を志し、大東文化大学文学部中国文学科で青山杉雨氏に師事。卒業後 ㈱ブリヂストンに就職するも6年後に退職し、独自の創作活動を開始する。人生の法則を力強く書いたその書は、多くの人に生きる力と幸運をもたらすと評判である。雅号の瑞雪は、吉兆をもたらす雪を意味している。




















