思考のクセ

思考のクセは、感情ではなく解釈の癖として現れる。比較、決めつけ、先読み不安、過剰な自責。事実と解釈を切り分け、見方を組み替えて判断を戻す場所だ。頭の中の独り相撲をやめ、今日の選択を軽くする。

他責思考が経済的困難を招く理由

人は経済的困難や身体を壊すことで過ちに気がつく|筆文字書作品
人は、苦しくなるまで自分の過ちに気づけないことがある。お金が回らない、体がもたない、心に余裕がなくなる。そんなとき初めて、自分の見方や考え方の癖が、静かに今を形づくっていたと知る。問題が大きくなったときこそ、責めるより先に、自分の内側を見ることが出口になる。(内田 游雲)

人はみな
自分の影の冷たさを
なかなか見ようとはしない

胸の奥でかすかに鳴る
小さな狂いを聞き流し
そのまま日々を渡ってゆく

やがてお金は痩せ
からだは黙って曇りはじめ
そこでようやく己の癖を知る

遅すぎぬうちに
痛みの前で立ち止まることだ

この言葉が言っているのは、問題は突然起きるのではなく、前からあったズレが大きく見える形になって現れる、ということである。

人は順調なうちは、自分の考え方の偏りや、無理な習慣や、見て見ぬふりをしていることになかなか気づかない。

けれど、お金が苦しくなったり、身体がもたなくなったりすると、そこで初めて、自分の選び方や受け止め方に無理があったとわかる。

つまり、経済的困難や不調は、ただつらい出来事なのではない。今までの生き方のどこかに、見直すべき点があると知らせる現れでもある。

だから大切なのは、起きた問題だけを嘆くことではなく、その出来事を通して自分の中の過ちに気づくことである。

他人のせいでは経営は変わらない

経済的困難が続くと、目の前の数字ばかりが気になり、心はすぐ外へ向かう。売れないのは景気のせい、疲れが抜けないのは年齢のせい、関係がぎくしゃくするのは相手のせい。そう考えたくなる気持ちはよくわかる。

けれど、その見方が続くほど、判断は少しずつ荒れていく。無理な売上を追い、休むべき時に休めず、合わない相手や仕事まで抱え込みやすくなる。結果として、お金も体も先に悲鳴を上げるのである。

他責思考とは、自分の判断の癖を外側の原因に置きかえてしまう見方である。この見方が強くなると、立て直しの入口が見えにくくなる。

なぜなら、自分が変えられる部分ではなく、自分では動かせない部分ばかりを見続けるからである。天の流れのように変えにくいものはある。景気も時代も他人の反応もそうである。

だが、地の器としての暮らし方やお金の使い方、人の姿勢としての受け止め方や選び方は、まだ手を入れられる。そこを見ないまま外ばかり責めると、同じ型の問題が形を変えて何度も出てくる。

とくに経営者は、自分ひとりの癖が、そのまま仕事の空気になる。焦って決めれば、現場も焦る。見栄でお金を使えば、数字は濁る。我慢を美徳にしすぎれば、体が先に崩れる。

だから経済的困難や不調は、罰ではなく、経営の姿勢を見直す合図として受け取ったほうがよい。少し耳の痛い話だが、ここで「何が悪かったのか」と自分を責めすぎる必要はない。

見るべきなのは、どこで無理を常態にしていたか、どこで違和感を後回しにしたか、どこで本音より体裁を優先したかである。

氣の経営で大事なのは、勢いで押し切ることではなく、崩れた順番を静かに確かめることである。まず、お金の流れに無理がないかを見る。次に、体の使い方と休み方を見る。そして、人との関わりで無理に合わせすぎていないかを見る。

つまり、天を恨まず、地を荒らさず、人の姿勢を戻すのである。ここへ戻ると、問題の見え方が変わる。敵を探す目が弱まり、修正できる一点が見えてくる。

結局のところ、いちばん苦しい時に問われているのは能力よりも自分を見直す力である。原因を全部ひとに渡しているうちは、学びは閉じたままである。

逆に、原因は自分の中にもあると認めた瞬間、流れは変わり始める。経営も暮らしも、壊れてから大工事をするより、早めに小さく直したほうがずっと楽である。

だから今日見るべきものは、誰のせいかではない。原因は自分の中にもあると引き受けて、ひとつ行動を改めることだ。その一歩が、失った余裕を取り戻す最初の動きになる。

【気づきの棚卸し】
今日の仕事終わりに5分だけ取り、いま困っていることを一つ紙に書く。その下に「本当に相手だけが原因か」と一度だけ書き足し、自分が変えられる行動を一つ決めて明日やる。責めるためではなく、流れを戻す入口を見つけるために行う。



問題が大きくなってから気づくのは、人生が意地悪だからではない。小さな違和感を見過ごしてきた自分に、もう一度向き合う時が来たという知らせである。

【運を開く言葉】
書:瑞雪 文:游雲

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profile:
内田游雲(うちだ ゆううん)

ビジネスコンサルタント、経営思想家、占術家。静岡県静岡市に生まれる。中小企業経営者に向けてのコンサルティングやコーチングを専門に行っている。30年以上の会社経営と占術研究による経験に裏打ちされた実践的指導には定評がある。本サイトの「運の研究-洩天機-」は、氣と運をテーマにしている。座右の銘は 、「木鶏」「千思万考」。

profile:
瑞雪(ずいせつ)

書家。新潟県村上市に生まれる。幼い頃より書に親しみ、18歳で書家を志し、大東文化大学文学部中国文学科で青山杉雨氏に師事。卒業後 ㈱ブリヂストンに就職するも6年後に退職し、独自の創作活動を開始する。人生の法則を力強く書いたその書は、多くの人に生きる力と幸運をもたらすと評判である。雅号の瑞雪は、吉兆をもたらす雪を意味している。

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