好きな仕事はなぜフロー状態を生むのか|小さな会社の経営軸
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好きでもない仕事を抱え続けると、売上の前に気力、発想、人との流れが細くなる。原因は努力不足ではなく、好き・強み・やりがいと仕事の配分がずれていることにある。内発的動機が戻るとフロー状態が生まれやすくなり、商売の質は変わる。今日は、残す仕事と減らす仕事を一度分けて見直すことから始めたい。
好きな仕事は経営を支える土台
我慢だけで回す仕事は、水の切れた井戸を必死に汲むようなものだ。好きな仕事に軸を戻すと、経営者の気力と判断がよみがえり、小さな会社の経営はもう一度、深いフロー状態へ入り始める。
仕事は我慢して続けるものだと思い込むと、売上より先に気力と発想が細くなる。ここでは、好きな仕事が気分の問題ではなく、なぜ小さな会社の土台になるのかを明らかにする。自分のやりたいこと、得意なこと、やりがいのあることが、経営の質をどう変えるのかが見えてくる。
これまで、仕事とは我慢して続けるものだと、ずいぶん長く言われてきた。「仕事はそんな甘いもんじゃない」「仕事だから大変なのは当たり前」「好き嫌いを言うな」。そんな言葉を浴び続けてきた経営者も多いはずだ。
まじめな人ほど、その言葉を正面から受け取り、自分を押してきた。けれど、ここで一度だけ立ち止まって考えたい。本当にそれだけが正しい働き方なのか、ということである。
人生の中で、仕事に使う時間はとても大きい。一日八時間としても、人生のかなりの部分を仕事が占める。その長い時間を、ただ耐えるだけのものにしてしまったら、売上の前に心が先に細っていく。
経営者は数字で動くように見えて、実際には仕事に向かう気分や、日々の判断の温度に強く左右される。好きでもない仕事を抱え続けると、提案は鈍り、発信の言葉は弱くなり、決断の切れも落ちていく。
これは気合いの不足ではない。向いていない場所で力を出そうとしているだけである。
好きな仕事をすることは、単なるわがままではない。好きな仕事とは、自分の心が自然に向き、時間を忘れて関われて、なおかつ自分の強みが生きる仕事のことである。
だから、好きな仕事を大切にすることは、ぜいたくでも逃避でもない。むしろ経営の土台に近い話である。自分の命の時間をどこに使うか。その配分が商売の質を決めていくからだ。
男性の経営者には、責任感が強いぶん、「好き嫌いを挟まず背負うべきだ」と自分を追い込みやすいところがある。反対に女性の経営者には、人間関係を壊したくない気持ちから、本当はしんどい仕事でも断れず抱え込みやすい場面がある。
どちらが正しいという話ではない。ただ、置かれた立場や背負ってきた空気によって、無理の仕方が少し違うだけである。その無理が続くと、商売はすぐには止まらなくても、判断の迷いとなって表に出る。
小さな会社ほど、この影響は大きい。人も時間も資金も限られているから、合わない仕事を一つ抱えるだけで空気が濁る。大きな会社なら仕組みで吸収できることも、小さな会社では社長の気配にそのまま出る。
だからこそ、「好きな仕事でいいのか」ではなく、「好きでもない仕事を抱えたままで本当にいいのか」と考えたほうがいい。経営者にとって必要なのは、我慢を美徳にすることではない。自分の力が自然に出る場所を見極めることである。
そこから仕事の流れは変わり始める。
好きなことを仕事にできる人は幸せだ、という言葉は昔からある。けれど、その言い方にはどこか、選ばれた人だけの話のような響きがある。実際はそうではない。
好きな仕事に寄せていくことは、才能ある一部の人の特権ではなく、商売の向きを見直す作業である。情熱を感じることを仕事にし、自分の強みに特化していくと、仕事は少しずつ表情を変える。重たかったはずの一日が、前よりも軽く進み始める。
人は、好きなことなら時間を忘れてできる。これは立派な能力というより、もっと自然な現象である。楽しいことだから元気が出る。
楽しいからやる気が出る。楽しいからアイディアが湧く。この流れは、とても素直だ。
反対に、気が進まない仕事は、始める前から小さな抵抗が生まれる。頭ではやらねばと思っていても、身体のどこかが先に嫌がる。そんな状態で良い案が出にくいのは、当然といえば当然である。
小さな会社が向かうべきなのは、何でも受ける商売ではない。自分の好きなことから商売を創造し、そこに得意なことと役立て方を重ねていくことである。
ここで大事なのは、好きなことだけに酔うことではない。好きで、得意で、相手の役に立ち、なおかつ商売として続く。この重なりを見つけることに意味がある。
そうすると、仕事はただのお金稼ぎではなく、自分らしさが生きる場へ変わっていく。
氣の経営で見れば、商売には向き不向きがある。時代や相手が求めるものと合っているか。いまの暮らしや体力や仕組みで続けられるか。
考えるほど苦しくなる仕事か、それとも前へ進みたくなる仕事か。こうしたものを見ていくと、好きな仕事というのは、ただ気分が良い仕事ではなく、無理なく力が出やすい仕事だとわかってくる。
だから好きな仕事を選ぶことは、楽をしたいからではない。長く力を出し続けるための選択なのである。
我慢して続ける仕事は、一見すると根性があるように見える。だが、長い目で見ると消耗しやすい。没頭できる仕事のほうが、実は粘り強く続く。
好きな仕事は、経営者を甘やかすのではなく、商売の芯を太くする。ここを取り違えないことが大切である。好きな仕事に寄せるとは、気分で選ぶことではない。
仕事の質を上げる方向へ戻ることである。そう考えると、次に見えてくるのは、なぜ好きな仕事がフロー状態を生みやすいのか、という問いである。
内発的動機がフロー状態をつくる
人は報酬で動き続けると歯車になり、内発的動機で働くと泉になる。好きな仕事、強み、やりがいが重なったとき、仕事は苦役ではなく創造に変わり、フロー状態が仕事の質と幸運の流れを押し上げる。
なぜ好きな仕事では時間を忘れて没頭でき、仕事の流れまで変わるのか。その仕組みを、フロー状態、内発的動機、外発的動機の違いから読み解く。楽しいから力が出る、力が出るから人や機会が集まりやすくなる。その順番がわかると、運の見え方まで変わってくる。
好きな仕事がなぜ商売の流れを変えるのか。その答えを考えるうえで、外せないのがフローである。フロー状態とは、仕事に深く没頭し、時間の感覚が薄れ、集中と充実が同時に高まっていく状態である。
好きなこと、得意なこと、やりがいのあることが重なると、人はこの状態に入りやすくなる。無理に自分を押し立てなくても、自然に前へ進みたくなるからだ。
仕事でフローに入ると、まず手応えが変わる。目の前のことに気持ちが吸い込まれ、余計な不安や見栄がいったん静まる。すると、考えすぎて止まっていたことが動き出し、必要な順番が見えやすくなる。
好きな仕事は、ただ楽しいだけではない。集中が深まりやすい土台をつくり、そこから発想や工夫を呼び込む。
楽しいから元気が出る。楽しいからやる気が出る。楽しいからアイディアも湧き出てくる。この流れは、気分の話ではなく、仕事の質の話である。
ここで大事なのが、「運がいい」とは何かということである。運がいいとは、物事が思うように運ぶこと、あるいは、さまざまな出来事が自分に都合よく働くことだと考えられる。
もちろん、何もせず寝ていてうまくいく、という話ではない。むしろ逆で、好きな仕事に没頭している人ほど、必要な人や情報や出来事と出会いやすくなる。
ユングが述べた共時性、いわゆるシンクロニシティも、この文脈で読むと腑に落ちやすい。因果関係では説明しきれないのに、意味のある一致が起こる。そんな出来事が、フローに入った仕事の現場では起こりやすくなる。
これはスピリチュアル的な話ではない。仕事に向かう姿勢が変わると、見えるものと受け取れるものが変わる、という現実の話である。
直感が働きやすくなり、動くべき時に動きやすくなり、人との縁もつながりやすくなる。好きな仕事は、フロー状態 仕事の入口であり、そこから幸運の流れまで呼び込みやすくする。
だから小さな会社ほど、何を増やすかより、どの仕事なら夢中になれるかを見たほうがいい。商売の流れは、案外そこから変わり始める。
では、どうして好きな仕事はそこまで力を持つのか。鍵になるのは、外から押されて動くのか、内側から動きたくて動くのか、その違いである。お金、名誉、地位、人気、他人との比較、評判への不安。
こうしたものは、仕事のきっかけにはなっても、長く没頭を支える力にはなりにくい。外から与えられる報酬ばかりを見ていると、仕事そのものの面白さが薄れ、心が少しずつ乾いていく。
この違いをよく示すのが、E・デシの実験である。面白いパズルを解く人は、ふつう休憩時間になっても続きをやりたくなる。
ところが、一問解くたびに一ドルの報酬をつけると、休憩時間には手を止める人が増えた。わずかな報酬でも、解く喜びそのものを弱らせてしまうのである。
ここに、仕事の本質がよく出ている。ほんとうのやる気は、外から吊るされる餌より、内側から湧く面白さや意味によって保たれる。だから「仕事の報酬は仕事である」という言葉は、きれいごとではなく、かなり本質に近い。
さらに興味深いのは、幸運な人の行動をまねることで、感じ方まで変わるという研究である。イギリスの大学では、一か月のあいだ、幸運な人と同じような振る舞いをしてもらったところ、多くの人が自分の人生への幸福感を高め、運がよくなったように感じたという。
そこでは、内から聞こえる直感を大事にすること、新しい経験や習慣の変化に心を開くこと、毎日少しだけうまくいったことを思い出すこと、大事な場面の前に自分を幸運な人間だと描くことが挙げられていた。
どれも派手ではないが、内発的動機を守る動きとして読むとよくわかる。
つまり、好きな仕事がフローを生みやすいのは、心の奥にある動機と仕事の内容がずれにくいからである。反対に、比較や見栄や支配欲が前へ出すぎると、せっかく入った流れも止まりやすい。
忙しさが悪いのではない。報酬や比較に心を奪われる働き方が、仕事から面白さを奪ってしまうのである。ここまで来ると、次に見えてくる問いは一つしかない。経営の現場で、その流れをどう守り、どう壊さないようにするかである。
【卦象ミニコラム】
好きな仕事へ戻る時
卦象:山天大畜(さんてんたいちく)|ためて選ぶ
変化|広げる前に残す仕事を定める
いまは、動いていないのではなく、持ちすぎて力が分散しやすい局面である。まじめな人ほど、受ける量を増やせば道が開くと思いやすいが、それでは得意も喜びも薄まり、フロー状態から遠ざかる。大畜の「利貞」は、勢いで広げず、残すものを定めよという合図として読むとよい。抱えることが強さになる時もあるが、今は抱え方を見直すほうが先である。増やすより、いま手元にある仕事の中身を見分けて向きをそろえる。
小さな会社は仕事をどう選び直すか
仕事を増やすほど前に進むとは限らない。枝を広げすぎた木が実を落とすように、合わない仕事を抱えた経営は力を失う。小さな会社ほど、好きな仕事と強みに寄せて選び直したとき、売上より先に空気が変わり、結果はあとからついてくる。
好きな仕事が大事だとわかっても、現場では何を残し、何を減らすかで迷いやすい。ここでは、自我が強くなった経営がなぜ流れを止めるのかを踏まえながら、小さな会社が仕事を選び直す基準を示す。売上だけで決めない見方がわかると、力の出る商売へ戻りやすくなる。
ここまで見てきたように、好きな仕事はフロー状態を生みやすい。では、その流れを現場でどう守るのか。ここで避けて通れないのが、経営者の自我が会社の空気をどう変えるか、という問題である。
ワンマン経営は、経営者の不安や欲が組織全体の動き方を一つの意思に縛りつける状態である。自分が全部を把握していないと落ち着かない。自分の考え通りに進まないと腹が立つ。
細かいところまで口を出し、最後は自分で抱え込む。こうなると、会社は動いているようで、実は経営者一人の気分に引っぱられる形になる。
もちろん、危機の場面ではトップダウンが役に立つ。早く決めて、早く動く必要がある時には、強い指示が会社を助けることもある。だが、いつもそのやり方で回していると、社員も外注先も取引先も、だんだん顔色を見るようになる。
提案は細くなり、工夫は減り、失敗を避けることばかりが優先される。社長は「なぜうちは気が利かないのだろう」と嘆くが、その空気を生んでいるのが自分だとは気づきにくい。
小さな会社では、この影響がとくに大きい。人数が少ないぶん、経営者の気配がそのまま商売の雰囲気になるからだ。
だから、仕事を選び直す時には、売上だけで見ないほうがいい。まず見るべきは、自分がその仕事で本来の力を出せるかどうかである。ここで役立つのが、三つの見方である。
ひとつ目は、好きかどうか。二つ目は、強みが生きるかどうか。三つ目は、ちゃんと商売になるかどうか。この三つが重なる仕事は、続けるほど軸が太くなる。
逆に、どれかが大きく欠ける仕事は、続けるほど無理がたまる。
さらに、氣の経営の見方を重ねると、選び方がはっきりする。いま市場や相手が何を求めているかを見る。これが天機である。時間、体力、利益、仕組みに無理がないかを見る。これが地理である。
その仕事を前にした時、前へ進みたくなるか、それとも先送りしたくなるかを見る。これが人知である。この三つで見直すと、いま残すべき仕事と、手放したほうがいい仕事が見えやすくなる。
必要なのは、何でも受けることではない。好きと強みが利益につながる仕事へ、仕事の軸を寄せていくことである。
そのためには、仕事を三つに分けるとよい。減らす仕事、残す仕事、育てる仕事である。見栄で続けている仕事、疲れるわりに感謝も残らない仕事、紹介にも次の展開にもつながらない仕事は減らす側に入る。
感謝され、没頭しやすく、利益も残る仕事は残す側に入る。好きで、得意で、将来の柱になる仕事は育てる側に入る。
こうして分けていくと、仕事の量ではなく、仕事の配分が会社の未来を決めることが見えてくる。小さな会社に必要なのは、無理な拡大ではない。力が出る仕事へ、きちんと寄せることである。
小さな会社が向かうべき方向は、やはりはっきりしている。自分の好きなことから商売をつくることである。好きなことだから時間を忘れて没頭できる。やりがいを感じるから、生き生きと働ける。
これは気分の良い理想論ではない。仕事がフロー状態に入りやすい条件そのものであり、そのまま仕事の運び方を変える条件でもある。
この考え方に対しては、昔から反論が出やすい。世の中の経営論は、どうしても合理性を前へ出しやすいからだ。数字で管理し、仕組みで動かし、拡大して強くなる。それ自体は間違いではない。
だが、人も組織も、合理だけで動く存在ではない。むしろ、理屈では測りにくい部分のほうが、仕事の継続には大きく効く。好きかどうか。誇りが持てるかどうか。人に喜ばれている実感があるかどうか。
そういうものが欠けると、商売は続いていても、内側からしぼんでいく。だから小さな会社では、合理を超えた部分を無視しないことが大切になる。
経営者の成長とは、自分を大きく見せることではない。むしろ逆で、自分を前に出しすぎず、会社の流れが通るようにすることである。自我が強くなりすぎると、仕事は硬くなる。
だが、経営者の人間性が育つと、会社の空気は変わる。細かく支配しなくても回るようになり、必要な人が集まり、思いがけないところから話が来る。いままで会えなかった人につながったり、思ってもいなかった依頼が届いたりする。
こういう出来事は、偶然のようでいて、実はそれまでの仕事の姿勢が呼んでいる。経営者の人間性が、商売の入口を変えていくのである。
ただし、状況がよくなると、昔のやり方はすぐ顔を出す。売上が伸びると、もっと増やしたくなる。人が増えると、もっと支配したくなる。評価されると、自分のやり方が絶対に正しいように感じてしまう。
そこで元に戻ると、せっかく生まれたフローも止まりやすい。大事なのは、強みを生かし、自分本来の持ち味が出る仕事を続けることである。合わない仕事を増やして会社を大きく見せるより、自分に合う仕事を深く育てるほうが、結果として長く残る。
経営を良くする近道は、仕事を増やすことではない。自分に合わない仕事を減らし、本来力が出る仕事へ時間を戻すことである。やりたい仕事だけを行い、あえて拡大を目指さず、仕事も人生も楽しめる余白を持つ。
そこに小さな会社の強さがある。売上を追いかけて消耗するより、好きな仕事から商売を育てるほうが、はるかに息が長い。フロー状態と仕事という言葉は、そのことをきれいに説明している。
流れに入る仕事を選ぶことは、甘さではない。経営者が自分の人生をすり減らさずに、商売を続けていくための現実的な戦い方なのである。
読者からのよくある質問とその答え
Q. 好きな仕事だけで、本当に経営は成り立つのですか?
A. 成り立つ。ただし、好きな仕事をそのまま並べるだけではうまくいかない。相手の困りごとに結びつけ、利益が残る形まで育てて初めて経営の軸になる。背伸びした案件を増やすより、感謝と売上が重なるものから順に太くすると流れが安定する。焦って広げないことだ。
Q. 自分がフロー状態に入れているかは、どう見分ければいいですか?
A. 見分ける方法は簡単。時間を忘れる、終えたあとに嫌な消耗だけが残らない、自分から工夫したくなるなら良い合図である。フロー状態に近い仕事ほど、言葉や発想が自然に伸びる。まず一週間の仕事を見返し、気分が前へ出る作業を拾うことだ。小さな差で十分だ。
Q. 合わない仕事を減らしたいのですが、すぐに手放せない時はどうすればいいですか?
A. いきなり全部やめなくていい。ハンドルを急に切るより、気が削れる仕事を少しずつ減らすほうが流れは乱れにくい。内発的動機が湧く仕事の時間を先に守ると、残す仕事と減らす仕事が自然に分かれてくる。まずは手放せない理由まで書き出し、配分から変えることだ。
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【仕事配分を見直す】
1.残す仕事を先に決める
いま抱えている仕事を見て、終えたあとに力が残るものを3つだけ書き出す。売上だけでなく、感謝されるか、また受けたいかまで並べて見る。
2.断る言葉を一文つくる
気が乗らない依頼や条件の合わない仕事に備えて、断る文を一つ下書きしておく。「今回はこの形ではお受けしていません」で十分である。
3.明日の先頭を入れ替える
明日の予定のいちばん上に、好きと強みが重なる仕事を一つだけ先に入れる。後回しをやめるだけで、商売の軸は戻りやすくなる。
好きな仕事を選ぶことは、現実を外れることではない。自分の命の時間を、力が湧き、人が喜び、商売として続く場所へ返していくことだ。そこに戻れた時、経営は無理に押し進めるものではなく、自分らしさが働き、流れが自然と動き出す営みに変わっていく。
(内田 游雲)
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内田游雲(うちだ ゆううん)
ビジネスコンサルタント、経営思想家、占術家。静岡県静岡市に生まれる。中小企業経営者に向けてのコンサルティングやコーチングを専門に行っている。30年以上の会社経営と占術研究による経験に裏打ちされた実践的指導には定評がある。本サイトの「運の研究-経営とお金が巡る仕組みの研究所-」は、氣の経営と運をテーマにしている。座右の銘は 、「木鶏」「千思万考」。





















