【運を開く言葉】
書:瑞雪 文:游雲
誰かから激しく責められると、その言葉の強さに引っ張られ、自分がそれだけ悪かったのだと思ってしまう。けれど、同じ失敗でも、冷静に伝える人もいれば、必要以上に責め続ける人もいる。違うのは、失敗の大きさだけなのだろうか。
責める声が強いほど
心は小さく縮んでいく
言葉の勢いに押されて
自分が悪く見えてくる
けれどその激しさには
別の痛みが混じっている
見てほしかった思い
認めてほしかった思い
怒りの奥から聞こえるのは
強さとは違う声なのだ
激しく責める人を見ると、つい「自信があるから強く言えるのだ」と受け取りやすい。だが、言葉の激しさと、その人の内側の強さは同じではない。相手を必要以上に責めるとき、その奥には「自分を認めてほしい」「自分の価値を分かってほしい」という満たされない思いが隠れていることがある。
だから、責め方が激しいほど、相手がこちらを正しく評価しているとは限らない。責められる側は、強い口調や勢いまで自分への評価として受け取ってしまいやすい。だが、相手の言葉には、その人自身の感情や満たされなさも混じっている。書作品は、責める側の強さだけを見るのではなく、その奥にある「認めてほしい」という気持ちまで見ようとしている。
理不尽な怒りの裏にある承認欲求
誰かから強く責められると、内容そのものより、声の強さや言葉の勢いに心を持っていかれる。何度も否定されるうちに、「ここまで言われるのだから、自分が相当悪いのだ」と感じてしまう。だが、責める人の心理を見るときは、何を言われたかと、どれほど強く言われたかを分けて考える必要がある。
間違いを指摘することと、相手を必要以上に責め立てることは同じではない。必要なことだけを伝える人もいる。反対に、一つの失敗をいつまでも持ち出し、相手が黙るまで責め続ける人もいる。そこで増えているのは、問題の大きさではなく、その人自身の感情である。
激しく責める人の中には、自分への自信が持てず、他人から認められることで自分の価値を確かめようとする人もいる。相手を下げれば、一時的に自分が上に立ったように感じられる。だから、言葉が必要以上に強くなる。表面だけ見れば攻撃する側が強く見えるが、その強さの奥には、承認欲求や劣等感が混じっていることもある。
ここには少し厄介な逆転がある。本当に伝えたいのは相手の失敗なのに、責め方が激しくなるほど、話の中心が「相手の問題」から「自分を認めてほしい」という感情へ移っていく。店員に当たり散らす人や、理不尽に責める人を見て違和感を覚えるのは、注意や指摘の範囲を超えているからだ。
責められる側は、この区別をつけにくい。強い言葉を浴びると、その勢いまで自分への評価だと思ってしまう。しかし、相手の怒りの大きさは、こちらの非の大きさを正確に測る物差しではない。確認すべきことがあるなら確認すればよい。それと、相手の感情まで引き受けることは別の話になる。
また、相手に「認めてほしい気持ちがある」と分かったからといって、すべてを受け止める必要もない。相手の背景を理解することと、理不尽な言動を我慢することは同じではない。ここを混同すると、今度は責められる側が相手の感情まで世話することになる。
激しい言葉を向けられたとき、見るべきなのは自分の非だけではない。その言葉の中に、相手自身の満たされなさがどれほど混じっているかも見る。そうすると、責められた事実は消えなくても、その言葉をそのまま自分の価値として受け取る必要はないと分かってくる。
【卦象ミニコラム】
争いが感情へ変わるとき
卦象:天水訟|正しさより感情が前に出る
変化|指摘が争いへ変わり始める局面
天水訟は、互いの主張がぶつかり、争いが生まれている状態を表す。最初は一つの問題について話していたはずなのに、言葉が激しくなるにつれ、何が正しいかより「自分を分かってほしい」という感情が前に出てくる。そんな局面では、相手の言葉をすべて事実として受け取ると、争いそのものに巻き込まれやすい。指摘されている内容と、そこへ重なった感情を分けて見ることが、状況を読み違えない助けになる。
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【よくある疑問】
Q.相手の「認めてほしい気持ち」が分かれば、受け止めたほうがよいですか?
A.理解することと、引き受けることは別である。相手の背景が見えても、理不尽な責め方まで受け入れる必要はない。何を指摘されているのかと、相手の感情がどこまで混じっているのかを分けて見ることが大切になる。
Q.相手の「認めてほしい気持ち」が分かれば、受け止めたほうがよいですか?
A.理解することと、引き受けることは別である。相手の背景が見えても、理不尽な責め方まで受け入れる必要はない。何を指摘されているのかと、相手の感情がどこまで混じっているのかを分けて見ることが大切になる。
【開運への手がかり】
責められた内容と相手の感情を分ける
強い言葉を向けられたとき、その勢いまで自分への評価として受け取っていないかを見る。確認すべき内容と、相手自身の満たされなさから出た感情は、同じものではない。
責められた内容と相手の感情を分ける
強い言葉を向けられたとき、その勢いまで自分への評価として受け取っていないかを見る。確認すべき内容と、相手自身の満たされなさから出た感情は、同じものではない。
(内田 游雲)
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