【運を開く言葉】
書:瑞雪 文:游雲
自分のことになると腰が重いのに、誰かに頼まれたり、喜ぶ顔が浮かんだりすると、不思議なくらい動けることがある。自分のために頑張れないと、「意志が弱いのでは」と思ってしまう。だが、誰かのためなら出てくる力まで、意志の強さだけで説明できるのだろうか。
もう今日は無理だと
思っていたはずなのに
あの人の顔が浮かぶと
もう少しだけ動ける
喜んでくれるだろうか
そう思うだけで
残っていた力が出てくる
自分のためには
見つからなかった力が
誰かを思う心に残っている
自分のために頑張れないとき、人はつい「もっと強くならなければ」と考える。けれど、力が出る理由は、自分の欲求だけとは限らない。誰かに喜んでもらいたい、役に立ちたいという思いが加わると、それまで動かなかった気持ちが動き始めることがある。自分だけが得をする、自分だけが満たされる。そうした目的より、相手の喜びが見えるほうが、もう少し頑張る理由になる。
誰かの存在によって、自分の中にある力が引き出されるのである。だから、自分のために力が出ないことだけを見て、意志の弱さと決めつける必要はない。人は一人で完結して生きているわけではない。誰かとの関わりの中で初めて出てくる力もある。その力まで含めて、自分の力なのである。
人は誰かのためにこそ力を出せる
自分のために頑張れないと、やる気や意志の問題だと思いやすい。やるべきことは分かっている。自分にとって必要なことも分かっている。それでも身体が動かない。そんなとき、「もっと自分を奮い立たせなければ」と考えてしまう。ここでいう「力が出る」とは、無理に自分を追い込むことではなく、動く理由が自分の中ではっきりしたときに、あと少しだけ行動できることである。
ところが、同じ人でも、誰かに頼まれたことなら動けることがある。自分の用事なら後回しにするのに、相手が待っていると思えば手をつける。疲れていても、喜んでもらえると思えばもう少し頑張れる。そこで起きていることを見ると、意志の強さだけでは説明がつかない。
私たちは「自分の人生なのだから、自分のために頑張れるはずだ」と考えがちである。自立することや、自分の目標を持つことを重んじるほど、自分だけでは力が出ない状態を頼りなく感じる。しかし、人の行動には、自分が何を得るかだけでなく、誰かとの関係も深く関わっている。自分一人では見つからなかった頑張る理由が、相手の存在によって急にはっきりすることがある。
だから、自分のために頑張れないことを、そのまま意志の弱さへ結びつけると、自分の力の出方を見誤る。問題は「力があるか、ないか」だけではない。何に向かうと、その力が動くのかという違いもある。
これは、自分を犠牲にして人のために尽くせという話ではない。誰かの期待に応え続け、自分の時間や身体を削ることまで美徳にすれば、別の苦しさが生まれる。ここで見たいのは、誰かを思う気持ちそのものが、人を動かす理由になっているという事実である。
仕事や商売でも、自分の利益だけを見ていると気持ちが続かないのに、「この人に喜んでもらいたい」と思える仕事には力が入ることがある。だからといって、人のために働けば商売がうまくいくわけではない。それでも、自分がどんな仕事で自然に力を出してきたのかを振り返ると、そこには相手の顔が浮かぶことが少なくない。
自分のために頑張れない日があっても、そこで自分を弱い人間だと決めなくていい。自分の力がどこで動くのかを見れば、これまでとは違う自分が見えてくる。人の強さは、一人で奮い立てる力だけでは測れない。誰かとの関わりの中で出てくる力も、確かに自分の中にある力なのである。
【卦象ミニコラム】
人との間で力が動く
卦象:沢山咸|人との感応が力を動かす
変化|一人の力から関わりの力へ
沢山咸は、人と人が触れ合うことで心が動く「感応」の局面を表す。『彖伝』では「咸、感也」とされ、互いに感じ応じる関係が描かれる。 自分一人で奮い立とうとしても動かなかった気持ちが、誰かの存在によって動き出すことはある。ここで見るのは、相手に尽くすことではない。自分の力が、関係の中で引き出されることもあるという点である。何に感応して自分が動くのかを見ると、意志の強弱とは別の自分の姿が見えてくる。
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【よくある疑問】
Q.誰かのために頑張れるのは、自分を犠牲にすることとは違うのですか?
A.違う。誰かを思うことで力が出ることと、自分の時間や身体を削り続けることは同じではない。相手の存在が力になるのか、それとも期待に応え続けて消耗しているのか。その違いは分けて見たほうがいい。
【開運への手がかり】
力が出る相手を見落とさない
頑張れない自分だけを見るのではなく、誰のことを思うと自然に動けるのかを見る。そこには、自分でも気づいていなかった「力が出る理由」が隠れている。
力が出る相手を見落とさない
頑張れない自分だけを見るのではなく、誰のことを思うと自然に動けるのかを見る。そこには、自分でも気づいていなかった「力が出る理由」が隠れている。
(内田 游雲)
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