機嫌がいい人はなぜ運に好かれるのか 運を呼ぶ習慣
運のよい人のそばには
なぜか明るい風が集まってくる
顔つきのやわらかな人のまわりで
言葉も出来事もよい方へ寄ってゆく
いつも苛立ちを抱えた人の胸には
人も機会も長くは留まらない
幸運は空から落ちてくるのでなく
誰かの好意に乗って運ばれてくる
だから機嫌のよい人の足もとに
今日も小さな福が音もなく積もる
この言葉が示しているのは、運のよさは偶然よりも、ふだん人にどんな空気を渡しているかで変わっていくということだ。
機嫌がよい人は、周囲を安心させる。話しかけやすく、助けや情報やご縁も集まりやすい。
反対に、不機嫌な人のまわりでは、人は無意識に身を引く。よい話があっても届きにくくなり、せっかくの機会まで遠のいてしまう。
つまり、機嫌のよさは気分の問題ではない。人との関係を育て、流れをよい方へ動かす土台である。
運の良い人とは、特別な力を持つ人ではなく、まわりに心地よさを渡せる人なのである。
経営者の機嫌が運の流れを変える
機嫌のよさは人を安心させる空気である。機嫌がいい人のまわりでは、話が早い。声をかけやすく、相談もしやすく、ちょっとした紹介や助言も自然に集まる。
反対に、いつも不機嫌な人のまわりでは、みな少しずつ身構える。言葉を選び、距離を取り、必要なことまで後回しになる。これが続くと、表面では同じように仕事をしていても、入ってくる情報の量も質も変わっていく。
安心がある場には、人が本音を持ってきやすい。本音が集まるところには、早い段階で兆しが見える。商談の温度、相手の迷い、組織の疲れ、次に打つべき手。そうした細い流れは、刺々しい空気の中では見えにくい。
経営で起きる差も、案外ここから始まる。数字が悪いから空気が重くなるのではない。空気が重いから、判断が遅れ、伝わるはずの価値が伝わらず、よい縁まで逃しやすくなる。
氣の経営で見るなら、運とは偶然の当たり外れではなく、人が運んでくる流れのことである。だから経営者の不機嫌は、本人ひとりの気分で終わらない。会議の空気に移り、接客の表情ににじみ、文章の調子にまで出る。
すると、お客さまも取引先も、言葉にできない違和感を覚える。逆に、機嫌のよい経営者がいる会社は、場がどこか明るい。無理に笑うのではない。感情を撒き散らさず、相手を雑に扱わず、苦しい時ほど態度を荒らさない。
その落ち着きが、居心地のよさになって巡っていく。
もちろん、いつも上機嫌でいろという話ではない。人だから、疲れる日もあるし、腹の立つこともある。ただ、その感情をそのまま周囲に投げないことが大きい。
機嫌がいい人は、何もかも順調だから穏やかなのではない。崩れた時に戻るのが早いのである。小さく切り替え、顔を上げ、目の前の相手をちゃんと見る。その積み重ねが信頼になる。
信頼は目に見えないが、紹介、再訪、協力、応援という形で返ってくる。結局のところ、幸運は居心地のよい人のもとに集まる。経営者が先に場の空気をつくるからこそ、機嫌のよさは贅沢品ではなく、商いを巡らせる土台になる。
今日まず見るべきは運勢より顔つきである。そこに、次の流れの入口が出る。
【今日の空気を整える3分の確認】
今日の仕事を始める前に3分だけ使い、自分の顔つきと声の調子を確認する。眉間に力が入っていないか、返事がきつくなっていないかを見て、最初に話す相手へ一度やわらかい声で挨拶する。機嫌を成果任せにせず、自分で先に整えてから仕事に入る。
運は、遠くの星から降ってくるものではない。毎日の顔つきと言葉の温度に引かれて、人がそっと運んでくる。だから機嫌のよさは甘さではなく、人生と商いの流れを変える力なのである。
【運を開く言葉】
書:瑞雪 文:游雲
▶ このテーマの記事一覧
関連するすべての記事を読む
内田游雲(うちだ ゆううん)
ビジネスコンサルタント、経営思想家、占術家。静岡県静岡市に生まれる。中小企業経営者に向けてのコンサルティングやコーチングを専門に行っている。30年以上の会社経営と占術研究による経験に裏打ちされた実践的指導には定評がある。本サイトの「運の研究-洩天機-」は、氣と運をテーマにしている。座右の銘は 、「木鶏」「千思万考」。
瑞雪(ずいせつ)
書家。新潟県村上市に生まれる。幼い頃より書に親しみ、18歳で書家を志し、大東文化大学文学部中国文学科で青山杉雨氏に師事。卒業後 ㈱ブリヂストンに就職するも6年後に退職し、独自の創作活動を開始する。人生の法則を力強く書いたその書は、多くの人に生きる力と幸運をもたらすと評判である。雅号の瑞雪は、吉兆をもたらす雪を意味している。




















