チャンスは形を変えて何度もやってくる
人はチャンスをただ一度の
細い光だと思い込みやすい
けれど流れはそんなふうに
貧しくできてはいないのだ
つかみ損ねたその背中から
別の気配がまた近づいてくる
一つ二つの失敗くらいで
道そのものは閉じたりしない
何度でも立ち上がり進め
運は挑む者の前へ巡ってくる
この言葉が示しているのは、一度の失敗や取り逃しで人生の流れは終わらないということである。
人は、うまくいかなかった出来事を必要以上に大きく受け取りやすい。
あの時に決めていれば、あの場で動けていればと考え始めると、心は過去に縛られ、次に来ている機会まで見えなくなる。
けれど現実の流れは、そこまで薄情ではない。
機会は同じ顔では戻らなくても、別の形となってまた目の前に現れる。
だから大事なのは、失った一回を悔やみ続けることではなく、次に現れる流れを受け取れる状態を保つことだ。
この言葉は、チャンスの数の話をしているのではない。
自分の可能性を一度で終わりにするなと告げている。
逃したことより、そこで止まることのほうが痛い。
流れは止まっていない。止めているのは、たいてい自分の思い込みである。
経営は挑戦と改良で伸びていく
チャンスを逃したと思い込んだ経営は、その瞬間から動きが鈍る。
「ひとつの商談が流れた」
「ひとつの企画が外れた」
「ひとつの発信が響かなかった」
それだけで、もう自分には流れが来ないような気分になる。
すると判断が縮み、顔色をうかがい、必要以上に守りへ寄る。
これが続くと、目の前に新しい話が来ても、それをチャンスとして受け取れなくなる。
似た形で来なかったというだけで、別の入口から来ている機会を見落としてしまうのである。
チャンスとは結果が出た場面のことではなく 流れが動き出す入口のことである。
だから、一度うまくいかなかっただけで終わりだと決めるのは早い。
終わったのは一回の出来事であって、流れそのものではない。
では、なぜそうなってしまうのだろうか。
理由は単純で、人は失敗そのものよりも、失敗に貼りつけた意味に縛られるからである。
経営でも同じだ。
売上が落ちた事実より、もう通用しないと自分で言い渡した瞬間に気が沈み、視野が狭くなる。
氣の経営では、こういう状態を気の巡りが滞った姿として見る。
気が滞ると同じ景色しか見えなくなる。
すると、本来なら別の客層に届く商品も、少し言い方を変えれば伝わる提案も、すぐ近くにある紹介の縁も、全部見えにくくなる。
逆に言えば、流れが戻る人は特別な才能があるのではない。
失敗を大事件に育てず、少し整えて、また場に戻るだけである。
準備していた人ほど次の機会をつかみやすいのは、前髪をつかむ力があるからではなく、心と体と仕事の器が荒れていないからだ。
経営は勢いで回すものではなく 整った器に流れを通す営みなのである。
だから今日からどうしていくか。
まず、逃したひとつを反省材料にはしても、人生の判決文にはしないことだ。
そして、今ある仕事の中で形を変えれば再び差し出せるものを三つ拾う。
提案の切り口 言葉の順番 見せる相手。
この三つを少し動かすだけで、同じ商品でも別の顔になる。
次に、止まった気を動かすために、小さく出す。
大きな勝負を待つのではなく、今日出せる連絡を一本、今日直せる案内文を一つ、今日整えられる机の上をひと区切り。
こうした小さな手入れが、止まっていた流れをまた巡らせる。
失敗のあとに必要なのは、気合いではない。
次の機会が入る余白をつくることである。
さらに言えば、経営者が見るべきなのは、失った案件の数ではなく、まだ差し出せる価値の数だ。
そこが残っている限り、流れは終わっていない。
チャンスは待つものである前に、受け取れる自分に戻しておくものだ。
慌てなくていい。
止まらなければ、流れはまた別の姿でこちらへ来る。
【次の機会を書き出す】
今日10分だけ時間を取り、逃したことを一つ書いたあとに、そこから形を変えて取り直せる機会を三つ書き出す。
たとえば、
「別の相手に提案する」
「伝え方を変える」
「商品名を変える」
その三つでよい。書いたら、その場で一つだけ今日中に動いてみよう。
逃した機会を数えるより、まだ巡ってくる流れに気づくほうが、人生も経営も前へ進む。チャンスは去って終わるものではなく、挑み続ける人の前に、姿を変えてまた現れる。
【運を開く言葉】
書:瑞雪 文:游雲
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内田游雲(うちだ ゆううん)
ビジネスコンサルタント、経営思想家、占術家。静岡県静岡市に生まれる。中小企業経営者に向けてのコンサルティングやコーチングを専門に行っている。30年以上の会社経営と占術研究による経験に裏打ちされた実践的指導には定評がある。本サイトの「運の研究-洩天機-」は、氣と運をテーマにしている。座右の銘は 、「木鶏」「千思万考」。
瑞雪(ずいせつ)
書家。新潟県村上市に生まれる。幼い頃より書に親しみ、18歳で書家を志し、大東文化大学文学部中国文学科で青山杉雨氏に師事。卒業後 ㈱ブリヂストンに就職するも6年後に退職し、独自の創作活動を開始する。人生の法則を力強く書いたその書は、多くの人に生きる力と幸運をもたらすと評判である。雅号の瑞雪は、吉兆をもたらす雪を意味している。



















