武士道と云ふは死ぬ事と見つけたり

あなたの人生は期限付きであることを自覚しろ

全ての人の人生は、生まれると同時に、死に向かって歩み続けている。これは、世界中のだれ一人として例外のない現実だ。何もしないでいる間にも、時間だけは、刻々と過ぎていく。そして、あなたの人生も、終わりに向かって刻々と進んでいるのである。しかも、その道は、どこまであるか誰にも判らないのだ。いつ次の一歩は道がなくなって、崖になっているかもしれない。生きるということは、そういうことなのである。全ての人の人生は、期限付きの人生なのだ。(内田游雲)

全ての人の人生は期限付き

世の中のほとんどの人が、知らないフリをしていることがある。つまり、知っているけど、見て見ぬフリをしていることだ。それは、すべての人の人生が、期限付きの人生だということである。つまりあなたの人生も、期限付きの人生だということだ。だから、ただ悩んで立ち止まるのではなく、今できることをやるしか無いのである。

全ての人の人生は、生まれると同時に、死に向かって歩み続けている。これは、世界中のだれ一人として例外のない現実だ。何もしないでいる間にも、時間だけは、刻々と過ぎていく。そして、あなたの人生も、終わりに向かって刻々と進んでいるのである。これは、100%確実なことであり、どのような権力者や天才であっても、避けようのないことなのだ。

江戸時代中期に出版された山本常朝の『葉隠』に次のような一節がある。

「武士道と云ふは死ぬ事と見つけたり」

先の大戦中に間違って解釈され、特攻、玉砕や自決時にこの言葉が使われ、現在もこのような解釈をされることがあるのだが、これは、決してそんな意味ではない。

『葉隠』の続きには、

「人は誰でもいつかは死ぬことは知っている。
しかし、それは、他の人が死んでしまった、後のことであるかのように誰もが感じている。
だから、今を生きることができないのである。
本来は、夜床について朝起きる保証はどこにもない。
だから、常にいつ死んでも後悔しないように生きなければならない。」

こう書いてあるのである。

新聞の死亡欄には、毎日必ず誰かの名前が載っている。そこに載っている人たちは、まさか、自分が今日死んでしまっているとは思っていなかったはずだ。

誰の人生であれ、全ての人は死という終わりに向かって歩いている。しかも、その道は、どこまであるか誰にも判らないのだ。いつ次の一歩は道がなくなって、崖になっているかもしれない。生きるということは、そういうことなのである。全ての人の人生とは、期限付きの人生なのだ。

では、この残された時間で、あなたは今、何をするだろうか。

人生が上手くいく人の習慣

人生がうまくいく人と、そうでない人の違いはたった一つだ。それは、将来を見据えて、段取りをする人としない人である。

たとえば、もっとお金が欲しい・・・
もっと収入が必要だ・・・

こう考えても、その収入を増やす為のスキルを勉強し、身につける時間が必要になる。だから、来月お金が急に足りなくなっても間に合わないのだ。

将来の時間軸を見据えた上で「今」何をするか?
どのようなスキルを勉強し身につけるか?

これが、あなたの人生を分けていくことになる。だから、自分の進みたい方向に計画を立てて、それに必要な事を学んでいく必要がある。

しかし、そうはいっても、ほとんどの人が行動しない。一歩を踏み出したくても踏み出せないひとがほとんどなのだ。

実際アンケートをとったりすると、8割くらいの人が

「行動できない事が悩み」

だと答えている。

こうして、ただ時間だけが過ぎていくことになる。しかし、あなたの未来は、今の体よりパフォーマンスの落ちた体になることは明確である。

つまり、ほとんどの人が、

「残りの人生で、今が一番肉体的にも能力的に最高の状態」

だということだ。

だから、何かに取り組むために最善な時は、「今」ということなのだ。来年はもっと体がいうこときかないし、再来年は、さらに落ちていくことは確実だ。

この世界に若返る人間は存在しない。だから、今が最高であり、何かを始める最高のタイミングは「今」しか無いのである。

誰もが競争の中をを生きている

もう一つ、重要な事がある。それは、誰もが生まれながらに競争にさらされているという現実である。

福沢諭吉の名言として知られる、

 「天ハ人ノ上ニ人ヲ造ラズ人ノ下ニ人ヲ造ラズト云ヘリ」

という言葉はあまりに有名だ。
そして、この言葉には、実は続きがあって、以下

 「天ハ人ノ上ニ人ヲ造ラズ人ノ下ニ人ヲ造ラズト云ヘリ
サレドモ今広クコノ人間世界ヲ見渡スニ、
カシコキ人アリ、オロカナル人アリ、
貧シキモアリ、富メルモアリ、貴人モアリ、
下人モアリテ、ソノ有様雲ト泥トノ相違アルニ似タルハ何ゾヤ
・・・
ソノ次第ハナハダ明ラカナリ。
『実語教』ニ、人学バザレバ智ナシ、智ナキ者ハ愚人ナリ」とあり。
サレバ賢人ト愚人トノ別ハ学ブト学バザルトニヨリテデキルモノナリ」

こう続くのである。

これを現代語に訳すと、

 「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らずと言われている。
人は生まれながら貴賎上下の差別ない。

けれども今広くこの人間世界を見渡すと、
賢い人愚かな人貧乏な人金持ちの人身分の高い人低い人とある。

その違いは何だろう?。それは甚だ明らかだ。
賢人と愚人との別は学ぶと学ばざるとに由ってできるものなのだ。

人は生まれながらにして貴賎上下の別はないけれど、
ただ学問を勤めて物事をよく知るものは貴人となり富人となり、
無学なる者は貧人となり下人となるのだ。」

つまり、人間は生まれながらに平等であっても、その後、勉強するかどうかが人生を分け、平等でなくなるという意味なのである。だからこそ、この著書のタイトルは「学問のすゝめ」ということなのだ。

人は、平等に生まれても、その場から競争が始まり、その後の生き方で人生が変わってくる。

行動することの本当の意味

水戸黄門の主題歌「ああ人生に涙あり」の2番の歌詞に

「人生勇気が必要だ
くじけりゃ誰かが先に行く
あとから来たのに追い越され
泣くのがいやならさあ歩け」

とある。

あなたが何もしなければ、他の誰かがそれを行い、あなたを抜き去っていくことになる。これが、現実社会の姿である。行動をしなければ成功ができないというのは当たり前だが、行動しなければあなたは他の人に抜き去られ落ちこぼれていくことになるのが本当の姿なのだ。

あなたの人生は、期限付きの人生である。だから、ただ悩んで立ち止まるのではなく、「今」できることをやるしか無いのがこの世界の現実なのである。

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