バカボンのパパはとても凄い人なのだ!

人生に迷った時におすすめのバカボンのパパの生き方

私が本が好きでよく読むのだが、そんななかでも、ドリアン助川さんの書いた『バカボンのパパと読む「老子」』がお気に入りだ。「老子」の一説に次のような文がある。「為学日益、為道日損、損之又損 以至於無為、無為而無不為」学問をすれば、日々学ばなければならないことが増えていき、道を修めれば日々行動が減っていく。減らした上にさらに減っていくので、何も為さないところにさらに至る。今風に言うなら「人生は働いたら負けなのだ」いやあ、バカボンのパパは 深い(内田游雲)

私が本が好きでよく読むのだが、特に好きで読む本がある。

どんな本を読むかというと、「老子」「荘子」「孫子」

w( ̄▽ ̄;)wワオッ!!

こんなんばっかり読んでいる。

|||||/( ̄ロ ̄;)\|||||||

まじ~~?

バカボンのパパは実はすごい

そんな中でも、ドリアン助川さんの書いた

『バカボンのパパと読む「老子」』

がお気に入りだ。

子供の頃に読んだり、アニメで見た バカボンは、ただのアホ。くだらないギャグ漫画に見えてい。しかし、 しかし、 「バカボン」は漢字でかくと「婆伽梵」または「薄伽梵」と書く。意味は「煩悩を超越した徳のある人」 ということだ。

((= ̄□ ̄=;))ナ、ナント!!

この言葉は、優れた貴い人に用いられる。「バカボン」は梵語=サンスクリット語で、正しい発音は「バギャボン」、私たちの使う「バカ」は「馬鹿」と 普通は書くがこれは当て字である。「莫迦」ないしは「摩訶羅」と書きます。梵語で「無知」という意味だ。

ちなみにレレレのおじさんも、釈迦の高弟・チューラパンタカ (周利槃特=しゅりはんどく)。チューラパンタカは掃除で覚りを開いた。(掃除は、じつはとても大事な修行だ)

仕事はしすぎないこと

さて、「老子」に話しを戻すとその一説に次のような文がある。

為学日益、為道日損、損之又損 以至於無為、無為而無不為

学問をすれば、日々学ばなければならないことが増えていき、道を修めれば日々行動が減っていく。減らした上にさらに減っていくので、何も為さないところにさらに至る。つまり、何かを、しよう、しようとすると、かえって、やるべきことが増えて忙しくなり、大事なことができなくなる。

これは、占術の基本となる気の観点から見ても正しいことで、人間は忙しくしすぎると、かえって気を浪費してしまい、成果につながりにくくなるものなのだ。

これは自分にもよく言い聞かせるのだが、

「ああ、仕事をしすぎている」
「仕事することで却って余分な仕事を増やしている」
「もっと楽をしなければいけない」

じゃあ、仕事をしなければいいのだ。そうだそれでいいのだ。今風に言うなら

「人生は働いたら負けなのだ」

いやあ、バカボンのパパは 深い・・・

人間はこれでいいのだ

ちなみに、『谷川俊太郎エトセテラ リミックス』には、バカボンのパパとのコラボレーションで、次のような詩がある。

自分トフタリッキリデ暮ラスノダ
自分ノパンツハ自分デ洗ウノダ
自分ハ自分ヲ尊敬シテイルカラ
ソレクライナンデモナイノダ
自分ガニコニコスレバ 自分モ嬉シクナッテニコニコスルノダ
自分ガ怒ルト自分ハコワクナルノデ スグニ自分ト仲直リスルノダ
自分ハトッテモ傷ツキヤスイカラ
自分ハ自分ニ優シクスルノダ
自分ノ言ウコトサエキイテイレバ 自分ハ自分ヲ失ウコトハナイ
自分ハ自分ガ好キデ好キデタマラナイ
自分ノタメナラ生命モ惜シクナイ
ソレホド自分ハスバラシイノダ

これでいいのだ。
毎日がエブリデイなのだ。

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