話したい!聴いて欲しい!自慢したい!

相手の心を鷲掴みにする方法

人の心を掴むということは、簡単なことで、相手の話を興味深く真剣に聴くこと。ただそれだけで十分である。人は、誰でも本当は自慢をしたいのだ。ところが、他人の話は聞きたくないし、自慢話なんて誰だってもっと聞きたくない。だからこそ自分の話を真摯に聴いてくれる人はとても魅力的に映るのである。(内田游雲)

話を聴くことは相手を認めること

人の心を掴むということは、じつは、とても簡単なことで、ただ相手の話を興味深く真剣に聴くことで十分なのだ。

「え? そんなに簡単でいいの?」

そう思われるかもしれないが、しかし、それだけでいいのだ。

相手の話を聴くということは、相手のことを認めることでもある。簡単なようでいて、しかし、なかなか自分の話を聴いてくれる人は少ない。特に、自慢話など誰も聞いてくれない。しかし、人が一番聴いて欲しい話は自分の自慢話だ。

人は、誰でも本当は自慢をしたい。

誰もが、

「自分は話したい。
誰かに、自慢したい。」

こう思っている。

ところが、他人の話は聞きたくないし、自慢話なんて誰だってもっと聞きたくない。だからこそ自分の話を真摯に聴いてくれる人はとても魅力的に映るのである。

誰もが認められたい

では、なぜ、人は話を聴いてほしいのだろうか。それは、人間の本能的衝動に根差したものだ。この本能的衝動とは、いくつかあるのだ、その一つが、

「自分は他より秀でたい」

という衝動だ。自己重要感、または、自己承認欲求と呼ばれるものである。

人類の発生から、人は集団で暮らしてきた。これは、外敵から身を守るためだ。しかし、集団で暮らしていると、その中で優劣が生まれてくる。そうすると優れたものがいい思いをすることになる。多くの食べ物を手に入れたり、多くの雌を従えたりといったことだ。こうなると、誰もが自分は優位に立ちたいと思うようになる。

これが、長い間に本能的衝動として、

「自分は他より秀でたい」

といった衝動が人間に根付いたのだ。

これが、人間がだれでも、自分は重要な人物であると思いたがる理由である。

自分は、

「他の人より優れていたい!
 尊敬されたい。」

こうした感情だ。

それが故に、人は他人と競争しそれに勝って、優越の快感を味わいたがるのである。しかし、競う全員が勝てるわけではない。多くの場合、人はこの優越感を得られず、自己劣等感を意識下で増やし続けることになる。これをなんとか打ち消そうとして無意識に自慢をし、自分より優れた者を引きずり下ろそうと考えるのだ。

現代社会においてこの自己劣等の感覚は、全ての人が抱えている衝動である。みんなが、勝とうと思っているわけですから、誰も自己劣等の衝動を癒してくれないからだ。

話を真剣に興味深く聴く

こうして、相手の話を聴くことは、相手を認めることになる。

相手の話を真剣に聴くことは、

「あなたの話は、素晴らしいですね」
「あなたは本当に素晴らしい人だ」

そう相手に伝えていることなのだ。そうすると、話し手は、あなたに承認され、自己劣等の感覚が癒された幸福感と、えもいわれぬ快感を感じるのである。

人の心を掴むということは、じつは、とても簡単なことで、相手の話を興味深く真剣に聴くこと。ただそれだけで十分なのだ。

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