成功を信じきれるかどうかが成功の秘訣

成功できることを信じきれるかどうかが人生を分ける

成功とは、それぞれの旅の終わりにあるのであって始めたばかりの地点にはないものだ。その上、その目標地点には何歩で到達できるのかは、自分自身も含めて誰も知らない。だから、私たちにできることは、ただ次の一歩を踏み出すことだ。その一歩が無駄な一歩であろうと、有効な一歩であろうと、それは考えるべきではないのだ。問題はそれを繰り返せるかどうかだ。「成功の法則」とは、成功するまで諦めないことだからだ。(内田游雲)

プロフィール:内田游雲(うちだ ゆううん)
ビジネスコンサルタント、経営思想家、占術家。中小企業や個人事業等の小さな会社のコンサルティングを中心に行う。30年以上の会社経営と占術研究による経験に裏打ちされた実践的コンサルティングには定評がある。本サイトの「洩天機-運の研究」は運をテーマにしている。他にも宇宙の法則や社会の仕組みを理解し経営を考える「気の経営」を運営している。座右の銘は 、「木鶏」「千思万考」。世界の動きや変化を先取りする情報を提供する【気の経営(メルマガ編)】も発行中(無料)

成功とは旅の終わりにあるもの

「成功の法則」とは、成功するまで諦めないことだ。しかし、これがなかなか難しい。だから、世の中には成功者が少ないのだ。では、何か特別な方法があるかと言ったら残念ながらない。

成功とは、それぞれの旅の終わりにあるのであって始めたばかりの地点にはないものだ。その上、その目標地点には何歩で到達できるのかは、自分自身も含めて誰も知らない。千歩、歩いて後、大きな挫折に出会うかもしれない。しかし、その次の曲がり角の向こうに成功は隠れているのかもしれないのだ。

その曲がり角を曲がらない限り、何人もそこに成功があるかどうかは、決して知ることはできない。だから、私たちにできることは、ただ次の一歩を踏み出すことだ。その一歩が無駄な一歩であろうと、有効な一歩であろうと、それは考えるべきではないのだ。

実際のところ、一度に一歩だけ踏み出すことは、そう難しいことではないだろう。しかし、問題はそれを繰り返せるかどうかだ。何人もで同じ道を歩き出したとして、時間が経つにつれ一人減り二人減り、いなくなってく。こうなった時に、歩むことをやめた人達が決してできない有利な立場に立つことができるのだ。

周りの人間が戦いをやめるときに、私たちの戦いは始まる。そして、歩み続けたものにとって、収穫は膨大なものとなる。成功できることを信じきれるかどうかが、成功の秘訣でもあるのだ。

やるべきことを続ければ進歩をしている

人生には、必ず落ち込むときがやってくる。

「何もかもがうまくいかない!
この辺りが限界なのだろうか?」

そう落ち込んでしまう。

不思議なことに、自分の人生の進歩は自分の目には見えないのだ。しかし、他人から見るとその伸びはよく見えているものだ。毎日、やるべきことを続けていれば、必ず進歩をしている。

人生の進歩は坂道のようなカーブは描くことはない。階段なのだ。時には長~い踊り場を歩かなければならないこともある。そして、ある時に、ポッと一段上がるものだ。この踊り場付近を歩いている人は、先の階段が見えてこないので、途中でつらくなってしまう。もうこの先に上に行く階段は、ひょっとしたらないのかもしれないと思ってしまう。しかし、必ずあるものだ。その階段が見えるのは明日かも知れない。諦めてはいけない。

私は、苦しい時は、こう考えることにしている。私は、ジャンプする手前にいるのだと。より高く飛ぶためには、うんと腰を低くし、ひざを曲げて踏ん張らないといけない。苦しい姿勢だ。しかし、この苦しさがないと飛べない。

だから、決してあきらめないでやり続けることが重要なのだ。

技術は練習量のたまものであり数量が重要

人生のあらゆる場面で必要な技術は、なかなか、簡単には身につかない。これは、どのような技術であっても同じである。技術というのは、練習量をこなすと一気にレベルが上がるものだ。技術の習得というのは、すべてそうで練習量の割に上達しない時期がしばらく続き、あるときに一気に上達する。そして、そのレベルに達すれば、一度身に付けた技術レベルはおいそれとは下がらないのだ。

しかし、多くの人は、練習量の割に成果が上がらないと感じる時期にやめてしまう。そこでやめてしまうから、その上の世界が見えない。

現在の潮流からか、効率が美徳であるという世界に慣れてしまっているせいか、根気よく修練しない人が増えている。小さな事を重ねないのだ。またそれが正しいと、どこか勘違いしている。

あなたも、これまで、いろいろやっている割には成果に結びついていなかったり、自分が目標にしているところにたどりつけないと感じているかもしれない。しかし、既にそこまでたどり着いている人たちが、最初からそうであったかというと、決してそうではない。

ひとえに技術は練習量のたまものだし、場数も文字どおり数がものをいう世界だ。そのために、最も重要なことは、途中でやめてしまわないことなのである。

人間は、どうしても楽してゴールへ行きたがる。しかし、楽にはゴールへはたどりつけないのだ。

一流とそうでない人物との違いは何か

では、その目標にたどり着くためには、何をすればいいのか?

それは、志だ。

「え~、そんなの当たり前じゃん」

こう思ったら、わかっちゃった人になっている。これでは、決して前に進まない。

一流とそうでない人物との違いは何か?

一流の人物とは誰もがやってない世界を編み出す人だ。あなたは、既に成功者を何人か知っていると思う。思い浮かべてみてればいい。彼らは、すべてマネではなく自分独自の世界を作り出した人だ。

当然、楽してそこまで行けたわけではない。困難との戦いに地道に挑んだ人たちなのだ。もしあなたが何らかの道で成功したいと願うのであれば、より高いレベルに挑戦することを楽しまなければいけない。自分流の元祖となって世界でただ一つの世界を構築するのだ。

決して、難しいことではない。すべて、最初の志できまる。他に解を求めている間は成長は期待できない。自分自身で考えだすという姿勢が全てを決めているのだ。

自分が師となることが極意中の極意である。

誰もが楽な世界を選択している。ノウハウを必死に追い求め、簡単にお金を稼ぎたいと思っている。

しかし、あなたは、自分自身で考えだそうと必死になっている。ノウハウに頼るのではなく、自分流を編み出そうと鍛練している。その結果、たった、3ヶ月で大きな差が出ることになる。

1年で決定的な差になる
3年で1流の世界に入る

すべては、最初の志の問題なのである。

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