精神と物質は分離できない二元性である

精神と物質についての間違い

精神的なものと物質的なものを分けて考えることは、現実には、全く意味の無い事で、精神はそれ自体を実現する為に物質を必要とし、物質に、価値や意味を与える為には精神を必要とするのである。この世の中は、どこまで行っても、精神と物質の二元性で成り立つ。だから、どちらかに偏って考えたり行動しても上手くいかない。(内田游雲)

世の中のほとんどの人が、精神と物質を分けて考えている。

瞑想したり祈ったりしている人を見ると、私たちはそれを精神的な活動だと考えてしまう。また、何かを購入するために対価を支払う人は、明らかに物質的な活動だと考えてしまうものだ。しかし、瞑想している人は、自分の利益のために祈っているのかもしれないし、買い物をしている人は、愛する人を喜ばすためにプレゼントを買っているのかもしれない。その人の心の中をのぞいて目的まで理解すれば、実際には全く逆の活動だということが判る。

物質的だと考える行動について調べてみると、本質は精神的であることが多々あるものだし、精神的だと考えられることも、深く見てみれば、物質が絡んでいたりするのだ。

精神と物質は分離できない

精神的なものと物質的なものを分けて考えることは、現実には、全く意味の無い事で、精神はそれ自体を実現する為に物質を必要とし、物質に、価値や意味を与える為には精神を必要とするのである。精神と物質は、本質的には分離できない二元性だということである。

さて、多くの人と話をしていて気づくのが、たいてい精神的傾向か、物質的な傾向に偏っていることだ。スピリチュアルなものを信じている人は、精神的なものだけで、全てが実現できると信じ込んでいるし、反対にスピリチュアル的なものを信じない人は、この世界は物質が全てであると考えているのである。

これらはどちらも間違いであり、精神的なものと物質的なものは、両方が密接に絡み合っているのが真実の姿だ。私たちは、物質の世界に生きている。しかし、その物質に価値や意味を与えるのは、精神的な活動なのである。どちらも否定することはできない。この二つは秩序だった一つのものなのである。

精神と物質の中道を行く

収入を得るといった、どこまでも物質的に見える活動も、それを実行する人間の精神によって影響される。なぜなら、行動を起こす為の動機付け(モチベーション)は、精神的活動だからだ。精神的活動の結果、収入といった物質的成果がもたらされるのだ。

この世の中は、どこまで行っても、精神と物質の二元性で成り立つ。だから、どちらかに偏って考えたり行動しても上手くいかない。精神的なものと物質的なものを、両方同じように求めていく、つまり、その真ん中、中道を行くことで、はじめて成果を上げていけるのである。

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