唯一無二の自分流の世界を構築する

自分流を構築しOnly1になる

世の中のほとんど全ての人が何か問題が起きると、どこかに正解が有って誰かが解決策を教えてくれるはずだと勘違いしている。問題を解決するには、自分自身が成長し問題を乗り越える必要がある。他に解を求めている間は、自己の成長は期待できない。もし、あなたが何かのノウハウをいつも捜し求めていたのであれば、明日からそれを止めることだ。他人にすがっているうちは、決して一流になれないのだ。

世の中には、多くの知識やノウハウが存在する。しかし、それは残念ながら、直接成果につながるものではない。それはなぜかというと、誰もが安易に答えを求めてしまうからだ。

世の中のほとんど全ての人が何か問題が起きると、どこかに正解が有って誰かが解決策を教えてくれるはずだと勘違いしている。これでは、上手くいかない。問題を解決するには、自分自身が成長し、問題を乗り越える必要がある。他に解を求めている間は、自己の成長は期待できない。

自分自身で考え出すという姿勢が全てを決めていく。知識は人から教わることができるが、問題の解は教わることなどできないのだ。だから、何かを教わったとしても、それだけではダメで、その知識を使って自分で答えを出すことが必要になる。つまり、学んだ上で実践して、自分のものにする必要があるのである。

同じことをしていては成果は出ない

最近の傾向として誰もが安易にハウツーを求めている。誰もが何かいいノウハウはないかと、いつも捜し求めているのだ。誰かがやったことを真似すれば、何でもうまくいくと思っている。これでは決してうまくいかない。

よく考えてみればいい。皆が同じノウハウを持って、同じことをすれば、成果など出るわけはないのである。日本は資本主義であり自由競争の国である。だから周りを見ればライバルだらけの世界なのだ。

もちろん、知識やノウハウを学ぶことが悪いことはない。むしろ、とても重要なことだ。しかし、真似をしているだけでは、いつまでたっても結果は出ないのである。

知恵を使い自分流のノウハウに育ててこそ、初めて結果は出てくるものなのだ。

唯一つの自分流の世界を構築する

自分流を編み出すことは、この世でただ一つの世界を構築することであり、こうなれば、ライバルは一人もいなくなる。それは確かに簡単ではない。しかし、何事も決意と覚悟と気迫が大事を成すのだ。ここでは、「守」「破」「離」のレベルの違いを見抜くことがポイントになる。

「守」とは、まず学んだことをそのままやってみる。
「破」とは、学んだことを改良してやってみる。
「離」とは、学んだことを一度捨ててみる。

こうした段階を経て、初めて成果が出るのである。

もし、あなたが何かのノウハウをいつも捜し求めていたのであれば、明日からそれを止めることだ。そして、自分流の元祖になると決心すべきだ。努力を続ければ3年後には、あなたはその分野の専門家になっている。

誰もやったことが無いビジネス手法やお金儲けの手法は無尽蔵にある。だから、自分流に体系化すればいいだけなのだ。自分流を目指していれば、時間は、あなたの味方となる。

他人にすがっているうちは、決して一流になれないのだと知っておこう。

手法を追いかけても結果は出ない

私は常々、今のようなただ「手法」を追いかける風潮が、とても問題であると感じている。

たとえば、仕事で成果を上げるには、そのための「手法」があるという、そういった、ものごとのとらえ方だ。この捉え方は、間違っているとまでは言わないが、それだけでは、もっと大切なものを見落としてしまう。

その結果、やはり「成果」は得られないのである。

仕事は、コンピューターの計算のように、「A」と入力すれば必ず「B」と出るものではない。世の中の「成果」は多くの要因の複雑な相互作用によって生み出されていくます。

つまり、「手法」×「その他」の部分があるのだ。これが、仕事は単純ではないといわれる所以である。ある手法を完璧に真似しても、同じ成果は出てこない。そこに足されている「その他」の部分が違っているからだ。

この「その他」をどう身につけるかは、結局、自分自身で行う鍛錬からしかできないのである。

昔は師匠の背中を見て学んだ

最近のように、マニュアル化されたり、多くの参考書が書かれたりした結果、私たちは、かえって、この「その他」の部分を工夫することをしなくなってしまっている。その結果、目新しい「手法」ばかり追いかけてしまい、結局「成果」につながらないのである。

思えば、昔の商人や職人達は弟子たちに、「背中を見て学べ」とか、「俺から盗め」などといって、手とり足とり教えてくれるものではなかった。これは、教え方が雑だったのではなく、そうすることでしか得られない何かが大事であり、それは、マニュアル化したり、言葉であれこれと説明することのできないものを身につけさせる唯一の方法だったのである。

だからこそ、単なる手法だけではなく「その他」の部分も盗み、自分流にして身につけることができたのだ。

しかし、最近の私たちの風潮は、

「お金を払ったのだから教えてくれないほうが悪い」

こうなってしまう。そうではないのだ。

本を読んでも解った気になるだけ

マニュアルや本に書かれていることや、you-tubeなどで得られる知識は、実はどこでも学べるものが多いものだ。そうではない書かれていない不文不立の世界こそが本当に学ぶべきことなのだ。

本やマニュアルを購入したら、その中身だけではなく、書かれていない部分を感じるようにすることである。そして、自分でとにかくやってみる。工夫を加えてやってみる。「成果」はそこにしかない。

私が提供する講座等では、全てを一冊のマニュアルにして渡さない理由がここにある。少しずつ段階的に内容を伝えて、実践それぞれを実践していく。その時間が大事なのだ。

これを一冊のマニュアルにしたら、一度読んでそれでお終い。ただ、解った気になるだけだ。これでは進歩は見込めない。

自分流を創造し元祖になる世界とは

こうした話をすると、たいてい次のような質問が返ってくる。

「自分流が何なのか不明で困惑するばかりです。」
「自身の強みは何というキーワードを検索すればいいのですか?」

まさに、教えて欲しい症候群だ。

そもそも自分流とは何かと言うと、意志の部分である。自分の流派を創るとは、誰もやっていない世界を編み出すということだ。困難との戦いに地道に挑み、より高いレベルに挑戦する。自分流の元祖となって世界でただひとつの世界を構築する人である。

昔の剣術の世界を見ていただくと解るのだか、基本は誰もが習う。そこから、それぞれ自分で工夫を重ね宮本武蔵は二天一流を編み出した。千葉周作は、北辰一刀流を編み出した。

自分流を創るとは、言い換えれば世界のどこかに、自分の居場所を見つけるための闘いでもある。自分の専門領域を掘り下げ、磨き抜いて、世界に自分の居場所を創ることだ。これが自分流を作るということである。

自分の好きなことでも「やれ」と言われたことでもなんでもいい。掘り下げていくことで、それがあなたの力となっていく。自分流とは、こうした先にあるものである。

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