真面目なだけではなかなか結果は出ない

一流になれるかどうかは覚悟の有無にある

誰もが一流の人物を目指し、一流の仕事を願うものだ。一流になれるかどうかは、やはり志で決まるのである。自分流を編み出すことは、世界でただ一つの世界を構築することであり、こうなればライバルは一人もいなくなる。自分流を目指していれば、時間は、あなたの味方となる。こうした時間軸を見抜くことができれば、どうすれば一流になれるかがわかるだろう。一流と、そうでない人間の差は、才能でもなんでもない。目標に向かって、ただ絶え間なく努力を継続できるかどうかだけなのだ。(内田游雲)

真面目さだけでは結果は出ない

今の世の中は、じつに真面目な人が多い。しかし、残念なことに現代社会は、真面目さだけでは結果にはつながらない。こうして、それほど、面白くもない私の文章を読んでくれる人は、その中でも、特に真面目な人なのだろう。

おそらく、あなたは、これまでに数多くの成功に関する本、ビジネスに関する本、お金に関する本などを、数多く読んできたはずだ。そして、さらに仕事も十年以上しっかりやっているのではないだろうか。

では、実力はどうだろうか?

上がっているだろうか。
それとも、一向に上がらないままなのだろうか?

いちど、自分の人生を振り返ってみることである。。

全ては最初の志にある。誰もが一流の人物を目指し、一流の仕事を願うものだ。一流になれるかどうかは、やはり志で決まるのである。安易な目標を選べば、楽に生きていけるだろう。しかし、楽な目標は、後で大きなツケが回ってくることになるものだ。

時間軸を見抜くことができれば一流になれる

ところが、大半の人間はここが見えていない。誰もが楽な世界を選択してしまうのだ。

「どこかにいいノウハウは転がっていないかな?」
「簡単に稼げる方法がどこかにないかな?」

そう右往左往している人ばかりなのだ。

それに対して、自分は、苦しい「鍛錬」の修業をする。

「鍛」とは、千日(3年)の修業
「錬」とは、万日の(30年)の修業

生きるということは、高い志に向かって、己を鍛える厳しい修行ということができる。この心構えがあるかどうかで、2年で大きな差が出てくる。5年で決定的な差になり、10年で一流の世界に入るのだ。

この時間軸を見抜くことができれば、どうすれば一流になれるかがわかるだろう。一流と、そうでない人間の差は、才能でもなんでもない。目標に向かって、ただ絶え間なく努力を継続できるかどうかだけなのだ。

【参考記事】:

誰でもできるが誰もできないこと

しかし、この話をしても誰もが納得するが、結局は継続できない。それは、誰もが安易に答えを求めてしまうからだ。何か問題が起きると、誰かが解決策を教えてくれるはずだと勘違いしているの。それでは上手くいかない。

他に解を求めている間は、自己の成長は期待できない。自分自身で考え出すという姿勢が全てを決めていきく。

知識は人から教わることができますが、解は教わることなどできないのだ。何かを教わったとしてもそれだけではダメで、その知識を使って自分で答えを出すことが必要になる。

最近の傾向として、誰もが安易にハウツーを求めてしまう。検索で何でも知識が手に入る時代だから、誰もが、何かいいノウハウは、ないかといつも捜し求めているのだ。そして、誰かがやったことを真似すれば、何でもうまくいくと思っていしまう。ここが違うのだ。これでは、決してうまくいかない。

よく考えてみればいい。皆が同じノウハウを持って、同じことをすれば、成果など出るわけはないのである。周りを見ればライバルだらけの世界なのだから。

「守」・「破」・「離」

他人の知識やノウハウを学ぶことがいけないのではない。むしろ、とても重要なことだ。しかし、ただその真似をしていたのでは、いつまでたっても結果は出ないのである。知恵を使い、自分流のノウハウに昇華してこそ、初めて結果は出てくるものだ。

自分流を編み出すことは、世界でただ一つの世界を構築することであり、こうなればライバルは一人もいなくなる。それは確かに簡単ではないだろう。しかし、何事も決意と覚悟と気迫が大事を成すのだ。

「守」「破」「離」のレベルの違いを見抜くことがポイントである。

「守」とは、まず学んだことをそのままやってみる。
「破」とは、学んだことを改良してやってみる。
「離」とは、学んだことを一度捨ててみる。

こうした段階を経て、初めて成果が出る。

もし、あなたが、ノウハウをいつも捜し求めていたのであれば、明日からそれを止めることだ。そして、自分流の元祖になると決心すればいい。そうすれば3年後には、あなたはその分野の専門家になっていることだろう。

誰もやったことが無いビジネス手法、仕事の手法、勉強の手法は無尽蔵にある。だから、自分流に体系化すればいいだけなのだ。つまり、自分が始祖になることが極意である。

たとえ、今は未熟でもいい。それでも教えることはできるものだ。教えることで、未熟さに気づく事ができる。だから、もっと努力することになる。努力すれば、腕前が上がる。腕前が上がると、さらに未熟さを知る事ができる。そして、もっと努力することになる。

自分流を目指していれば、時間は、あなたの味方となる。教えるうちに腕前がどんどん上がっていくのだ。他人にすがっているうちは、決して一流に成れないと知ることである。

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