
たとえ今が辛くとも世界は変化をするから大丈夫
人間は誰もが変化を怖れる。これには例外はなく、どのような人にとっても当てはまるのだ。なぜなら、この恐怖というのは、人間が持っている本能的な部分だからである。しかし、残念なことに、変化しないものなど、この世の中には存在ない。一見、永遠に見えるものでさえ、時間の経過と共に必ず変化してしまうのである。これは、物であれ、環境であれ、人の心であれ、変化しないものは、この世界には存在しないのだ。(内田游雲)
人は誰もが変化を怖れる
この世界の全ては変化するからこそ、人生は楽しく希望がある。
たとえあなたの人生が、苦難の状態であったとしても、それは、永遠に続くわけではない。
今、不景気だとしても、それも永遠に続くものではない。
今、景気が良くても、それも永遠では続かない。
世の中も、時代も、すべて変化をしていくのだ。
今、運が悪ければ、運が良くなるまで待てばいいだけだ。
今、運がよければ、今それを満喫すればいいだけなのである。
しかし、人間は誰もが変化を怖れる。これには例外はなく、どのような人にとっても当てはまるのだ。なぜなら、この恐怖というのは、人間が持っている本能的な部分だからである。
太古の昔、人類がまだ狩をして暮らしていた時代には、環境の変化がそのまま生命の危機を意味していた。突然に気温が下がったり上がったり、あるいは噴火や台風に襲われたりといった、環境の変化で命を落としてきたのだ。だから、どうしても変化に敏感にならなければ生きてこれなかったのである。逆にいえば、これが生き残った人類が獲得した能力でもある。
変化するということは、それが、たとえ良い方向に向かうとしても、恐怖を感じてしまうものだ。さらに、今の状態が心地よければよいほど、その恐怖は大きくなり変化を怖れてしまうのである。
この世界に変化しないものは存在しない
しかし、残念なことに、変化しないものなど、この世の中には存在ない。一見、永遠に見えるものでさえ、時間の経過と共に必ず変化してしまうのである。これは、物であれ、環境であれ、人の心であれ、変化しないものは、この世界には存在しないのだ。
その昔、お釈迦様は2つの大発見をした。
これが、「諸行無常」と「諸法無我」といいう二つだ。そのうちの一つ「諸行無常」が、世の中のすべてのものは変化していくということである。変化しないものは、決して存在しないということなのだ。
勢いのあるものはいつかは衰えるし、勢いのないものもいつか勢いづく。蒔いた種が発芽するのも常ではないし、花が実を結んで枯れていくのも常ではない。
ビジネスにおいても同様だ。
今の時代は、小さな会社で行うビジネスが良いからといって、これが永遠に良いわけではない。すべてのものは、変化し続けている。これを読んでいるあなた自身も変化し続けていくのだ。
変化しないことはありえないのだから、どれだけ変化を恐れたり、それを止めようとしたとしても、それは、決してできないことだ。

いい事も続かないが悪いことも続かない
必ず変化するということは、決して悪いことではない。
もし、あなたが今、ものすごい不幸に見舞われているとしよう。たとえば、破産して借金取りに追われ、家族と離散し独りぼっちになってしまって、さらに重病になってしまった。しかし、これすらも、必ず変わっていくのだ。時間と共に必ず変化していく。変化するということは、ある意味祝福なのだ。
逆に、ものすごい幸運に恵まれて、幸せの絶頂になったとしても、それは、必ず変わってしまう。変化をどれだけ怖れても、どれだけ変化しないように頑張っても、それは徒労に終わるものだ。すべては必ず変化していくしかない。
そうであるならば、進んでこの変化を受け入れたほうが苦しまなくてすむ。変化を恐れ、変化しないようにまた、周りも変化させないように一生懸命努力したり逆らっても、結局は、何の意味も持たないばかりか、むしろ余計な苦しみを味わうことになる。
変化は止められないなら変化を楽しむ
変化するからこそ、人生は楽しいし希望がある。
たとえ今が、苦難の状態であっても、それは、永遠ではない。
今、不景気だとしても、それも永遠ではない。
今景気が良くても、それも永遠ではない。
世の中も、時代も、すべて変化をしていく。
今、運が悪ければ、運が良くなるまで待てばいい。
運がよければ、今それを満喫すればいい。
どのみち、それは変化してしまうのだ。そうであれば、自らその変化することを楽しめばいい。そして、常に変化し続けることこそが、人生を楽しむ生き方でもあるのだ。
【参考記事】: