
感情で行動すると不幸になる
人が不幸を感じる時は、自分の期待していたことが思いどうりにならなかった時だ。しかし、この期待とは、そもそも自分が勝手に思い込み感情で作り上げたものなのだ。感情で、勝手に期待をし、それがうまくいかないと感情で勝手に不幸を感じてしまうのである。
人が不幸を感じる時は、自分の期待していたことが思いどうりにならなかった時だ。しかし、この期待とは、そもそも自分が勝手に思い込み感情で作り上げたものなのだ。感情で、勝手に期待をし、それがうまくいかないと感情で勝手に不幸を感じてしまうのである。
お金に引っかかりすぎて、お金が一番になってしまうと上手くいかない。お金のために誰かを使って、自分だけ得をしようと考える。これが、一番不幸になるお金の使い方だ。お金は大事にしなければいけないが、お金を愛しすぎてしまった場合は、かえって不幸になる。
にこやかにしている人ほど壮絶な体験をしている。偉そうにふんぞり返っている人、苦しそうに見せている人は、それほどでもないことが多いものだ。大きな苦しみを乗り越えた人ほど、実際には柔和で笑顔を見せているものである。現実は見た目と反対である。
人間というものは、とても辛抱強くできている。たとえ過酷な状況におかれても、それなりに状況に順応することができる。また、人間は変化に対して恐怖を感じる動物でもある。そのため、どんな不幸な状況にあったとしても、その状況に順応し馴染んでしまうのだ。
私は、どん底で過ごした時代がある。その時に、自分が望んだような人生を手に入れる為には、いろいろと大きな変化を起こさなければいけないという事に気が付いた。この世の中で、絶対にありえないことは、「同じことを繰り返して違う結果を手に入れること」だ。
人生は、落ちる時には坂を転がるように落ちて行くものである。私は過去に事業で酷い失敗をして、人生のどん底に落ちたと感じたことがある。しかし、これは、一瞬にして、落ちたわけではない。振り返ってみれば、そこに至るまでは何年もかかって落ちているのだ。
突然の不幸や困難が訪れた時、人は自分の運の悪さを呪う。しかし、不幸や困難は偶然に引き起こされるわけではない。そこには必ず原因がある。だから不幸や困難はその間違いを修正するチャンスでもあるのだ。
「人生、冷に耐え、苦に耐え、煩に耐え、閑に堪え、以て大事を成すべし」これは、中国清の時代の哲学者で政治家でもあった曽国藩の言葉である。誰の人生にも様々な局面があり「どうにもならない」深刻な時期がある。こうした時期に大事なのは「じっとしている」ことだ。
人間は誰しもが過去に縛られている。不幸な記憶に特に強く縛られてしまう。何度も嫌なことを思い出し、反芻し感情を高ぶらせ、怒りを増幅させて生きている。これでは、過ぎ去った過去の記憶に刺激され不幸しか感じられなくなる。