少年よ!もっと野心的になりなさい

資本主義に生きるならもっと金に対して野心的になれ

日本は資本主義の国である。だから誰でも、金持ちになったほうがいいに決まっている。もちろん人生を生きる目的は金の為ではない。しかし、何をするにおいても、「金」は絶対に必要だ。そして、その方法を最優先に考えることは、資本主義に生きる私たちにとって理にかなった生き方なのである。(内田游雲)

profile:内田游雲(うちだ ゆううん)
ビジネスコンサルタント、経営思想家、占術家。中小企業や個人事業等の小さな会社のコンサルティングを中心に行う。30年以上の会社経営と占術研究による経験に裏打ちされた実践的コンサルティングには定評がある。本サイトの「運の研究-洩天機-」は運をテーマにしている。他にも、この世界の法則や社会の仕組みを理解し経営を考える「気の経営」を運営している。座右の銘は 、「木鶏」「千思万考」。世界の動きや変化を先取りする情報を提供する【気の経営(メルマガ編)】も発行中(無料)

少年たちよ!大志を抱け!

「金」を得たかったら、金持ちになりたかったら、全身が震えるほどに「金持ちになりたい」という欲望に染まることが大事である。

【参考記事】:

しかし、日本人の多くがこうした情熱を持てていない。
これは、無理の無いことだ。なぜならそれは、日本人の特性のような部分だからだ。

明治時代に、日本の札幌農学校で教鞭をとっていたクラーク博士の

『Boys, be ambitious』
という言葉がある。

日本語訳は、「少年を大志を抱け」
とても有名な言葉だ。

なんか、

「もっと世の中の為になるような大きなことを目指しなさい。」

そんな風に聞こえくる。

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しかし、「ambitious」の意味は野心だ。

だから、直訳すると、
「君たち、もっと野心的になりなさい。」
こうなる。

おそらく、アメリカ人から見た日本人は、おとなしく、どこか達観したように感じられたのではないだろうか。
だから、もっと、野心的に、ガツガツ生きなさい。
若いのだから、人生はこんなものだと思わず、欲しいものをもっと欲しいと心のそこから求めなさい。
おそらく、本来は、こんな意味ではなかったかと思う。

翻訳した人が、「野心」を「大志」と綺麗にしてしまったために、この言葉は日本中に広まった。
これが、「野心」だったら、日本人には受け入れられなかった気がする。

野心は日本人には向かない

日本人は、「野心」が好きではない。
これは、おそらく江戸時代の300年に渡る身分制度の影響が大きい。
現状で満足し、その枠からはみださずその場で一生懸命生きる。
これが、日本人の生き方なのである。

野心とは、何かを欲する以上のことだ。
心に描いた理想を是が非でも実現しようとする強烈な欲望を意味する。

強い欲望が引き起こす、強い意思。
それが野心である。

好き嫌いは別として、何かを実現させるには、この野心が必用になる。
野心を持たなければ、何事も実現できない。

もし、あなたが現状に満足して、今以上のものを求めていないとすれば、今以上のものを知らないか、心身ともに怠惰にあるかということだ。
これは、現在の経済状況がどうであれである。

多くの日本人にとって問題なのは

「与えられたもので満足すべきである」
そう教えられていることなのだ。

知足(足るを知る)の思想

これには、仏教的な思想が根底にある。
人間の欲望には限りが無い。
だから、どこまで行っても満足できないまま、飢え乾くのだ。
この苦しみから脱却する為には、知足(足るを知る)が必用だと仏教は説く。

一方、キリスト教では、

「神に求めよ。さらば与えられん」
と、こう説かれる。

どちらが、いいとかではない。これは、文化の違いである。

人生はこんなものだと思い込んでいる

しかし、ここではっきりしておきたいことがある。

なぜ、人生は上手くいかないのか?
なぜ、生計を立てることは難しいのか?
なぜ、したいことをするお金が無いのか?

あなたは、こう思っていないだろうか?

その、答えは簡単だ。あなたの人生が、現在のような状況に陥っているのは、あなたが、

「人生はこんなものだ」
そう思い込んでいるからだ。

金をもっと野心的に求める

金持ちになるためには、何が何でも、金持ちになるという強い野心が必用になる。
もちろん、この人生を生きる目的は、金の為ではない。
しかし、何をするにおいても、金は絶対に必要だ。
だから、まず始めに金を手に入れることが必要になる。

日本は資本主義の国である。
だから誰でも、金持ちになったほうがいいに決まっている。

そして、その方法を最優先に考えることは、資本主義に生きる私たちにとって理にかなった生き方なのだ。

もう既に、金に困らなくて、今後、まったく不安も無いくらいに金を持っているなら、お金を求めなくても大丈夫だ。
そういう人には、この文章も不要になる。

しかし、そうでなければ、まず金を野心的に求めることだ。
もっと「稼ぎたい」と思うことである。
そうしない限り、いずれ金のために、多くの犠牲を払うことになる。

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